天使の足跡
それは、憧れの歌手の曲。

アップテンポだけど、優しいメロディー。


人に聞かせるのは始めてじゃないのに、路上で歌うよりもとても緊張した。


外で歌う時は周りが知らない人間だから恥はかき捨て。
でも知り合いに歌を聴かせるのは別。

笑われるんじゃないかとか、批判されるんじゃないかとか意識してしまうから。


歌いながら、太田が視界に入る程度に視線を向けた。

すると、視界に入った彼が微笑みを浮かべていたことに驚く。


歌い終えると、拍手をしてくれた。


「全然下手クソじゃないです。何でもっと人前で披露しないんですか? 自分は槍沢くんの歌、好きです」

「そ、そうかな……。でも、時々、遠くまで行って歌うこともあるけど、全然駄目だよ。誰も立ち止まってくれないから。現実は甘くないよな」

「そんなことない、伝わりますよ、きっと」


僕の歌で誰かが微笑んでくれたことが何よりも嬉しかった。


今はお世辞でも構わない。

それでも、『歌』はきっと誰かの心の壁を取り壊せると、確信を持って言える。

そんな歌が歌いたい。

それが僕の歌でなせるかどうかは分からないけれど。


「そういえばその敬語、どうにかならないの? 僕たち同じ歳だろ」

「だって、会って日が浅いと気が引けるじゃないですか」


行きずりなのに、と小さな声で言い加える。


「そういうモンかなあ? 僕は気にしないけどなあ……。普通でいいよ、そっちの友達といる時みたいにさ」

「じゃあ……そうする」


何がおかしい訳でもないのに、僕らは自然に笑っていた。


幾重にも重なる『他人』という名の厚い壁が一枚はがれ落ちて、次に進んだような、そんな感覚だ。


それからまた、口の端に笑みを乗せた彼が言う。


「自分で作った歌、どのくらいあるの?」


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