天使の足跡

そう。

僕がさっき目にしていた、まさにあの少女だ。


このまま逃げてしまおうかとも思ったけど
それも何だか気まずいし、失礼な気がする。


その少女を、おずおずと見た。


袖口から伸びた腕や指は長くて、
真っ黒な短い髪は雨に濡れて、首筋に沿って流れている。

彼女はその髪を鬱陶しそうに手でよせると、僕の方を見た。



ドキッ……



やっぱり僕は目を逸らしてしまう。


「今度は逃げないんですね」


彼女の声を聞いた途端、
僕の中の彼女のイメージが一瞬にして崩れ落ちた。


幼い『少年』のような声をしていたからだ。

声変わりはしていないけど、
顔に似合わぬ、少し低めのハスキーボイス。

その声と瞳が僕に向けられている。


それは少しだけ冷ややかだった。


彼女が発する言葉や声には感情というものがない。
表情にも全くそれが表れていない。

物言いは丁寧だけど、淡々としている。


僕は戸惑いながらも、目を合わせずに正直を言った。


「さっきのことは、ごめん。でも見ちゃいけないものだと思ったから」

「見ちゃいけないもの?」


白々しく聞き返された。

それが僕の中の正義感を動き出させる。


なぜか腹が立っていた。


「だって、そうだろ。あんな所で堂々と金なんか──!」

「ああ、あれ」


ああ、あれ、と言う表情に、羞恥や後悔といった色は見えない。


まるで少しも気にしていないとでも言う顔。


それにますます腹が立つ。
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