引越し・・・
奈良
私は、昭和38年奈良で産まれた。
家で。。。想像つかないが産婆さんの手により誕生してきた。
お父ちゃんは、家でクリーニング屋さんを営んでいた
私がお座り出来るころから、お父ちゃんの、カブのバイクの後ろに乗せられ
配達していたみたいだ
昔の映画で、見たことがある、バイクの後ろに白い布で箱を、覆っている
あの『カゴ』・・・
昔昔の時代だから、貧乏時代
その貧乏時代に、おばあちゃんは、化粧水を塗ったり、食べたいものは、『食べたい』主義の人
だったみたいで、私が『マンマ』と言っても、おばあちゃんは
くれなかった・・・そんな
意地悪な、おばあちゃん’’だったみたい。
いつも、お母ちゃんは、私を守る為に、おばあちゃんと喧嘩していたみたい
そんな、ある日、私は
おばあちゃんの大事な化粧水を、割ってしまった・・・
それを見つけた、おばあちゃんは
2歳の私を、《しばきあげ》、どなりちらし、かなりひどい怒り方をしていた。
泣きわめき、《どつかれて》いる時に
お母ちゃんが、私の身体を抱き上げ、
『もう・・・かんにん・・ならん・・2歳の子供に・・・』
    『どげんこと・・・・しよっと・・・・ねぇ・・・・』と
『ぶちぎれた』
お母ちゃんは、宮崎の人で、怒りにふれたり、夢中になると、宮崎弁が出て
早口で言ったら、【何???】って感じだった。
話はちょっとずれるが、
お父ちゃんとおかあちゃんのロマンス・・・
奈良と宮崎??
お見合いか????
実は、お母ちゃんが高校の修学旅行で、奈良に行き
どこかの、食べ物のお店屋さんで、知り合い
文通がはじまった。
そして、母が高校を卒業し、大阪で二人、【でっち・・ぼうこう・・】に
修行をし、22歳で、私が授かったから
今で言う【できちゃった婚】
結婚した。・・・・

話は戻り、『ぶちぎれた』お母ちゃんは
2歳の私を連れ
お父ちゃんに、『二人の荷物は、尼崎の私の、ねぇちゃんの所に送って』と
言い残し、尼崎の、おばちゃんちに行った。
おとうちゃんは、悩んだ結果、クリーニング屋さんを、たたみ
奈良の家を、出て、お母ちゃんを追いかけて(バイクにのり)きた。
 

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