六天楼(りくてんろう)の宝珠
 車で一刻を駆け桐の町に入ると、予想以上の荒廃ぶりに碩有らは顔をしかめた。

「……何だこの変わりようは」

 朗世はその呟きに答えないことで同意を示した。

 まず一見して、町の様子が暗い。今はまだ午(ひる)には時があるとはいえ、あまりに雰囲気が悪く見えるのは、道の隅に身形の悪い者達がうずくまっているからばかりではない。

 建物の外壁はくすんで色が悪く、かつて街路樹が植わっていたはずの歩道は殺風景な石畳に変わっていた。役所として町を支える公文関(くもんかん)などの公共機関や、周りに並び立つ露天商街でさえもひっそりとしていて活気がない。遠くにぼんやりと見える工場の煙突からは、さすがに稼動の証として青黒い煙が立ち上っていたが、ただ空気が悪いことの証明にしかならないとも思えた。

 数年前碩有が領主の政務勉強の為に滞在していた時には、朝から夕方過ぎまでさまざまな食物や物資が所狭しと並んでいたのに──町民にとっても、貴重な市場であったはずである。

「南邑(なんゆう)に回ってみましょう」

 主の許可を得ると、朗世は仕切り小窓を開けて運転手に行き先を指示した。

 町の区画は『正区』と『間区』に分けられる。

 内北の正区は公文関や官邸などの役所、東のそれは富裕層の住宅、西は工場が立ち並ぶ。それぞれを北邑(ほくゆう)、東邑(とうゆう)、西邑(さいゆう)と言い、北東などの庶民の店や家が並ぶ間区を北肆(ほくし)、東肆(とうし)、などと言った。

 陶家が治める町は大体において、以上の様に造りを同じくしている。故に南の正区は歓楽街──今の時間ならばひっそりと静まり返っているはずの──となっていた。
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