六天楼(りくてんろう)の宝珠
四 疑惑の兆し
 碩有が訪れない最初の一日は落ち着かずにいた翠玉だったが、気晴らしにと始めた花細工に殊の外熱中してしまい、二日は矢のごとく過ぎ去った。

 この地方に伝わる活花は、ただ花瓶に切花を活けるものではなく、緻密な技術によって考えた形に則(のっと)って花を挿していく。完成度が高ければ、正に芸術品とも見紛うものが作られるのだった。当然時間も結構かかる。

「これでよし……と」

 出来上がった花細工を彼女は満足そうに眺めた。
 流線美を誇る、絶妙な形の色とりどりの花。

──碩有様に差し上げたら、喜んで下さるだろうか。

 それでもこの二日、夫のことを考えなかった時はほとんどないと言っても良かった。花を活けている間も、思い浮かべていたのだ。仕草を、声を、言葉を。
触れられた手の平の感触を。

「お美しゅうございますね」

 はっと振り返ると、紗甫が食器盆を持って卓の側に立って微笑んでいた。

「まあ翠玉様。食事に手をお付けになっていないではありませんか」

 すっかり冷めてしまっている食膳を見て、侍女は困惑の表情を浮かべた。

「あ、ごめんなさい。つい作業に夢中になってしまって」

「あまり根をお詰めになると身体に毒ですよ? 温かいものを代わりに持って参りますから、お食事をなさってください」

 そう言って膳を下げようとする娘を、翠玉は手をかざして止めた。


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