六天楼(りくてんろう)の宝珠
六 亀裂
「──聞いているのですか、奥方様」

 虚ろな内心を押し隠して、翠玉は椅子に座って猫の莱を撫でながら、いつもの『招かれざる客』に愛想笑いを向けた。

「勿論聞いておりますわ、槐宛様」

 毎日手を変え品を変え、よくもまあこうも同じ話題で盛り上がれるものだ。

 当初はそれでも真に受けて辟易していたが、最近では自然に耳が聞くのを拒んでしまうらしい。受け流す癖がすっかり身に付いていた。

──どうせまた、お得意の『房中の心得』を蕩々と語っていらしたに違いないわ。

 桐より戻った直後に会った晩以来、碩有は以前とほぼ変わらない様子に戻っていた。

 ただ一つ変わった所と言えば、時折まじまじと翠玉を見つめる様になったぐらいか。

 それは息を呑むほどにどこか切迫感をはらんで、尚目を離せないものだった。

 決して触れもせず、ただ見つめるだけ。

 視線がこれ程までに責め苦を与えられるなんて、今まで知らなかった。

──何を思い悩んでいらっしゃるのだろう。

 せめて、理由を話してくれれば良いのにと思う。

 強い眼差しは、ともすれば自分に何かを訴えたいのかと勘違いしてしまいそうで、苦しかった。
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