六天楼(りくてんろう)の宝珠
「良いな、碩有。この翠玉を正夫人として娶り、大切にするのじゃぞ。普段は明るいばかりの娘じゃが、寂しがり屋な所もあるでの」

 畏(かしこ)まりました、と返事は短い。

「お止めください! 第一、まるでご自分がもうお亡くなりになるかのようなおっしゃいよう。悲観的にもほどがありますわ! 碩有様、貴方も何をあっさりと受けてらっしゃるのですかっ」

 他の男に話しかけてはいけないという掟を無視して、翠玉は非難の声を上げた。視線を寝台に戻して必死に訴える。

「戴剋様、私は良家の出でもない、普通の商家の娘です。貴方様の側室にしていただいただけでも驚きだったというのに、跡継ぎの方の正妻などとんでもありません! 碩有様にはもっと、若くてご立派な出自の娘さんが相応(ふさわ)しいのではありませんか」

「儂は其方達はきっと、良い夫婦になれると思うとるよ。そう思わぬか、碩有?」

 戴剋は面白そうに笑っている。

「お心のままに。私に是非はございません」

 応える声は変わらず淡々としている。

「碩有様!」

「翠玉。其方はこの碩有が気に入らぬと申すのか?」

 少しばかり哀しげな表情になって問う夫に、彼女は慌てた。

「そういう問題ではありません! 私は夫を貴方一人と決めた身なのです。万一貴方に何かあったとしても──そんなことはないと固く信じていますが──慣例通り、尼僧院に入るつもりでおります。以前から申し上げていたではありませんか!」
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