六天楼(りくてんろう)の宝珠
 顔が瞬時に赤くなるのがわかる。

「いえっ! もうそれは大丈夫ですから。お気になさらず戻って頂いても」

「紗甫、寝着の他に水差しと器を置いておいてくれ」

「はい」

──無視? 無視なの!?

 結局碩有はそのままつつがなく寝支度を終え、呆気に取られた翠玉を尻目に寝台へと潜り込む次第となったのである。

※※※※

 隣に横たわったはいいものの、翠玉は中々寝付けずもの思いに耽っていた。

 堂々宣言したくせに碩有は早々と眠りに入ったらしい。妻の身体にしっかりと腕を回した状態で、穏やかな寝息を立てている。

──もしかして、お疲れになっていたのだろうか。

 昨晩実は夫が一睡もしていない事など、彼女は知らない。

──だったら尚の事、ご自分の部屋で心おきなく休まれた方が……。

 来て釈明してくれたのは嬉しいけれど、無理をされては困る。

 ふとある事に気付いた。

──もし、今日碩有様がお帰りになったら私はどう思っただろうか。

 思わず夫の顔を見上げた。寝顔を見たのは初めてだが、無邪気さすら感じてつい笑みを浮かべた。

──ありがとうございます、碩有様。

 翠玉は夫の胸に頬を当て瞳を閉じた。
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