六天楼(りくてんろう)の宝珠
 翠玉は今、房の『次の間』と呼ばれる小さな部屋に隠れていたのだった。

 次の間とはある程度身分がある者の房にしか付いていない、側仕えの者が出入りしたり控えに使う部屋だ。

 私室の場合廊下側は施錠されているが、房に向かう扉は開いている場合が多い。誰のものかはわからないが、此処も例外ではないのが彼女には好都合だった。

 仕切りの戸は鎧戸の形になっていて、板の隙間から房内が見える。使用人が主の様子を窺いやすい作りになっていた。

「も、申し訳ありませんっ」

 叱責したのは年嵩(としかさ)の女、もう一人はごく若い娘らしい。やや高めの声が狼狽している。

 作業をしながらも、女は溜息混じりに言った。

「御館様が最近あまりこの房を使っていなくてまだ良かったわ。午に仮眠を取る為だけに戻られるから、今日も多分もうこちらにはいらっしゃらないと思うけど……今はただでさえ、護衛の者が出払っているのですから。気を抜いてはいけませんよ」

「……はい。それにしても、衛士の方々はどうなさったんでしょう。急に呼ばれたみたいですが」

「何かあったのかしらね。──さ、余計な事は考えずにさっさと仕事を終わらせてしまいましょう」

 二人は棚という棚や床を磨き上げ、寝台を整えると、来た時と同じ様に掃除道具を持って去っていった。どうやら次の間を掃除する気はないらしい。

 扉の向こうで鍵を掛ける音を確認してから、翠玉は再び房に入った。

──今、何て?

 無人の空間は確かに彼女のものより広く、書棚や卓、それに寝台の様子からも女性の部屋ではないというのはわかった。

 改めてまじまじと室内を見回すまでもなかった。──最初に入った時に、どうして気づかなかったのだろう。
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