九十九怪怪
しかし、いつまで経っても、牙が自身に食い込む感覚は襲ってこなかった。
なので、恐る恐る顔を上げてみた。すると、今まで私を囲んでいた吸血鬼達は地面に突っ伏していて。


「……え?一体…?」


ゆっくりと立ち上がると、なんと目の前には大きな背中があった。艶やかな黒髪が、明け始めた陽に照らされて輝く。
その背中の人物は、一番最初に現れた吸血鬼の首をその腕で締め付けていた。

一体、何が起きているのか状況が全く掴めない。
ただ、呆然としていた。


「…無闇に人間を襲わないと俺と契りを交わしたのではなかったか」


その背中は、美しく冷たいテノールの声の持ち主だった。思わず、聞き惚れてしまった。
しかし、言葉の意図をよくよく考えてみると吸血鬼と契りを交わすって事は


(…この人も吸血鬼なの?)


背中だけでは、彼らの特徴を窺うことは出来ない。でも、先程の一言からはその結論しか、導き出せない。



「わ、わかった!だから…「すぐさま去れ。二度と俺の前に姿を見せるな」


また、冷たい音色の声を発した。
私も思わず、背筋が凍る。
彼は、そう言って手を離すとゆっくりと此方に振り返った。


「っ……、」



見とれてしまった。
私の目に最初に飛び込んできたのもまた彼の目で、それはもう綺麗な金色(こんじき)だった。
ただ、やはり人間ではないと思わせるのは、瞳孔が猫の目のように細いせいだ。夜風に絹糸のような漆黒の髪が靡く。眉目秀麗とはこのことだろう。

金色の目が一瞬、怪訝そうに細まったが、すぐに元に戻る。


「…何故、こんな所にいる」

「あ…、」


言葉に詰まった。
確かに。
彼の言葉には主語は無かったが、多分、人間がということなのだろう。
しかしそうなると、人間がこんな夜中にこんな山奥に何故居ると誰でも疑問に思う。
自分は半妖なので、他の妖怪よりは臭いがあまりしないはずだから、目の前の吸血鬼も普通の人間だと思ったのだろう。
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