苦くて甘い恋愛中毒
最終章
夢と現実
パーティー当日は仕事を早めに終えて、ホテルへと向かう。
タクシーの中で用意をしていると、窓から要のマンションが見えた。
自分がすごく悪いことでもしている気になって、思わず目を逸らしてしまった。
ちがう、これは仕事だ。
五十嵐さんと一緒に行くのだって、経緯があってのことだ。
無意識に言い訳をしている自分に気づき、またもマンションから目線を逸らす。
電気もついていない部屋には、要がいるはずもないのに。
早めに出たはずなのに、このままだと遅刻しそうな勢いだった。
さんざん悩んだ末、選び抜いたものはタイトなシルエットの真っ黒なドレス。
無駄な装飾は一切なく、大きく開かれた背中が特徴的なお気に入りの一着だ。
思っていた以上の出費だったけれど、後悔はない。
よかった、なんとか間に合いそう。
タクシーを降りてホテルへと入ると、五十嵐さんが待ってくれていた。
いつもとは異なるフォーマルなスーツで、髪型まで違う。
「ぎりぎりセーフ、だね」
「お待たせしました……っ」
走ったせいか、息が上がる。
そんな私の背中をぽんぽんと叩いて、落ち着いてと優しく声をかけた。
背中から直接伝わった彼の熱に、選んだドレスを少しだけ後悔した。
そんなさりげない優しさと、いつも以上に魅力的な姿。
私の心拍数を急上昇させるには十分すぎるほどだ。
きっと言い慣れているであろうかわいいねという台詞だって、こんな特別な状況なら、うっかり信じてしまいそうになる。
――夢のような一夜が、幕を開けた。