苦くて甘い恋愛中毒
最終章

夢と現実



パーティー当日は仕事を早めに終えて、ホテルへと向かう。

タクシーの中で用意をしていると、窓から要のマンションが見えた。
自分がすごく悪いことでもしている気になって、思わず目を逸らしてしまった。

ちがう、これは仕事だ。
五十嵐さんと一緒に行くのだって、経緯があってのことだ。

無意識に言い訳をしている自分に気づき、またもマンションから目線を逸らす。

電気もついていない部屋には、要がいるはずもないのに。


早めに出たはずなのに、このままだと遅刻しそうな勢いだった。

さんざん悩んだ末、選び抜いたものはタイトなシルエットの真っ黒なドレス。

無駄な装飾は一切なく、大きく開かれた背中が特徴的なお気に入りの一着だ。
思っていた以上の出費だったけれど、後悔はない。


よかった、なんとか間に合いそう。
タクシーを降りてホテルへと入ると、五十嵐さんが待ってくれていた。

いつもとは異なるフォーマルなスーツで、髪型まで違う。

「ぎりぎりセーフ、だね」

「お待たせしました……っ」

走ったせいか、息が上がる。

そんな私の背中をぽんぽんと叩いて、落ち着いてと優しく声をかけた。
背中から直接伝わった彼の熱に、選んだドレスを少しだけ後悔した。

そんなさりげない優しさと、いつも以上に魅力的な姿。
私の心拍数を急上昇させるには十分すぎるほどだ。

きっと言い慣れているであろうかわいいねという台詞だって、こんな特別な状況なら、うっかり信じてしまいそうになる。


――夢のような一夜が、幕を開けた。



< 82 / 119 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop