沈黙の天使
第4章 消せない愛情
ベッドから上半身を起こし、すぐ横の壁にある窓越しに空を見る。

絵美の目には何も映らない。
太陽がいくつもの分厚い雲に隠れているのも、所々に見える小さな空の隙間も、邪魔者にしかならない烏の群れも彼女の目は何も映さない。

解るのは微かな明暗と太陽の暖かさだけ。

羽根を切り落とそうとしたあの日から、絵美の目は何も映さなくなった。

悲しみも涌かず、ただ過ぎる毎日を生きている。
朝が来て夜が来る。一日の循環に喜びを見出だすことも無ければ、悲しみが溢れることもない。

少なくなった友人が部屋に入ることも拒み、食事を取ることも拒み、部屋から出ることも拒む。

死んでしまった心を取り戻す術は探しても探しても見つからない。

あなたが沈黙の天使ならと、毎日のように訪問客が訪れ、絶望して帰って行った。

怨み、罵り、殴り掛かろうとする者も居た。

しかし、その誰もが彼女の姿を見て哀しみ、背を向けた。

今の彼女は何も見えず、言葉を発せず、表情を作れず、体は死人のように冷え切っていた。

ただ聞くことだけが許された体だが、絵美に安らぎを与えるものにはならなかった。


‡‡‡‡‡‡


目を失い、声を失い、幾日もの時間が過ぎたある日、彼女の耳に懐かしい声が聞こえることとなる。

「…絵美」

ベッドの上から動くことの無かった彼女の体が大きく揺れる。
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