沈黙の天使
「聞こえてるんだろ?」
ゆっくりと近づく足音に耳を澄ますが、その表情は何も変わらない。
手探りで布団をめくり、勢いよく動いたところ、床に落ちた。
「絵美!」
急いで近づき抱き抱えたその顔は、歪ませる表情も作れない。
無造作に床に座り込む二人。絵美の両腕は隆彦の肩をしっかりと抱えている。
「笑えないなんて嘘だろ?目が見えないなんて嘘だろ?」
一つも表情を変えない絵美の頬を指先で何度も撫でる。探るように隆彦の髪を撫で、耳から頬を探し、額、目、口、しっかりと彼であることの確認をする。
親指で隆彦の唇をなぞる。吐息を感じ、声を聴く。
「…笑えよ、笑ってくれよ、何しに来たんだって怒ってくれよ」
声を出すたびに震える唇。
「…今更何をしに来たって、怒鳴ってくれよ。俺の名前を呼べよっ、覚えてるだろ?
俺の名前は隆彦だ。言えよ…言えよっ!」
絵美の肩を揺さぶり、何度も何度も声をかける。
「前みたいに呼んでくれよっ!隆彦って!」
ゆっくりと開いた唇は、ただ形をなぞるだけで彼の名前を呼ぶことはなかった。