沈黙の天使
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あと数時間で絵美の十八歳の誕生日が終わる。

絵美を迎えに来た薫は、絵美の家族とは遠い親戚に当たるようだ。恐らく絵美が小さい頃からこの日のことを予想して、ある程度記憶の中に埋め込ませていたのだろう。

数時間、二人は何も会話をせずに病室でただじっとしていた。

薫は絵美の気持ちが落ち着くまで待っていた。絵美は何も考えられないままでただ空を見ている。

「コンコン…」

開け放たれた個室のドアがなる。
入口に付けられているカーテンが揺れて、隆彦が顔を見せる。

「あの、ここに藤岡絵美さんがいるって…あっ、絵美」

絵美の姿を見つけるや否や、笑顔を見せたが刹那でしかなかった。

「て…んし…?」

すぐに困惑した顔を見せる彼の目は、しっかりと絵美の羽根を凝視していた。

「隆…彦…?」

ふいに絵美に柔らかな笑顔が戻る。が、それもまた刹那でしかなかった。

「天使かよっ…!」

怯えるように言うその言葉は、絵美の体に否応なく突き刺さる。

「天使…は、無理だ…」

言葉を失う絵美。

「俺たち、友達…だよな」

じゃあな、と言ってカーテンの向こうへ消えていく。一筋の涙が頬を伝う。朝から泣きすぎて疲れた喉が言葉を遮る。

「か…る…。お家…帰…る」

床に用意されていたスリッパも履かずに、裸足のままぺたぺたと歩き出す彼女の後ろ姿は、タオルも床に落し、大きく破れた服から見える白い肌を隠すこともなく、ただ無気力だけを映し出していた。
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