青いリスト
老人の胸元に手を当てた時、一瞬躊躇した。
老人の体はあまりにも貧弱で、むき出した肋骨がよりいっそう拓也を躊躇させた。
先程までテキパキとしていた流れが止まった…
周りは皆一様に狼狽している。
[このまま続けたとして助かるとは限らない…助からなかったら僕が殺したという事になる…]
今までの人生の不運をふと思い出した。
彼はいつも受動体で、母が病気で倒れた時も、[自分のせいだ]と常に良心の呵責に苛まれてきた…
だが、助かったとしたら…何もしなかった自分を必ず恨む事になるだろう。むしろその方が恐ろしい事だと考えた。
一瞬止まった流れが動き出した。
拓也の両手は貧弱な老人の胸を押し続けた。
一回…二回…三回…
きちんと数を数えながら押し続けた。
汗が吹き出し、目に入り、手元まで流れている。
目に入った汗は、自分では涙のように思えた。
だが彼は冷静だった。
何か新しい境地を開いたかのように拓也の心は静かだった。
ちょうど10回押した所で両手は止まった。
心臓に耳を当ててみた。
努力も虚しく鼓動は再開されない…
記憶を辿った…
[次は…人口呼吸…]
そう呟いたと同時に左手は老人の顎に向かった。
今度は躊躇せずに老人の口元に息を吹き込んだ。
それを三回繰り返した。
[もう順番なんて分からない…助けるしかないんだ]
何度も何度も自分に言い聞かせながら心臓マッサージと人口呼吸を交互に繰り返した。
すると…老人の容態に微かな変化が見てとれた。
それに周りの皆は気がつかなかった。
拓也だけが微妙な変化を感じてれた。
触れているもの…助けようとする心…そして、本当に真剣な者だけにしか分からない微かな変化だった。
刹那、救急車のサイレンが慌ただしく聞こえてきた。
< 25 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop