青いリスト
その音を聞いた時、拓也の動きが完全に止まった…
我に帰りヘナヘナとその場に座り混んだ。
救急隊員が駆け足で駅員に促されながら入って来た。
拓也の目に入ったのは頑丈そうな担架と、救急隊員の真剣な表情だけであった。
[処置の方法は間違っていたはずだ…だが、必ず助かるはずだ…助かるはずだ…]
最後に感じた老人の微かな変化がより一層、強く思わせた…
[大変長らくお待たせしました、只今より運転を再開します]
わずか20分遅れた日常が戻った…
拓也は元の車両に戻り全身を椅子に預けた。
[あれはもう駄目だろ]
[年も年だし電車の中で死ぬとは不運だな]
野次馬達はまだそんな話をしていた。
一種の連帯感が車内を包んでいた。
拓也はここでも孤独だった。
[人の不幸を肴にして、見ず知らずの他人と友達のように話しているお前達は紛れもなく人間だよ]
心の中で呟いたが、もうどうでもよかった。
頭の中は老人の安否の事と、会社に遅れた理由を懸命に考えていた。
後日、老人が助かったらしいと駅員から聞いた。
親族の方がお礼を言いたいと行っているのですが…それと…
[いや結構です。助かってよかったですね]
[いやあなたが救命措置を…]
[いやいいんですよ…今思うとやり方も目茶苦茶だったと思うし…助かったのは結果論です。だからお礼なんか必要ないです…それに…]
[それに?]
[いやもういいんです。放っておいて下さい]
[でもあなたの的確な処置のおかげだと隊員の方が]
[もういいんですよ…失礼します]
拓也は安堵の気持ちに包まれていた。助かった…それだけで充分だ…
拓也は違反点数が貯まり、運転免許証取り消し処分となり、つい先日、事故の対処法としての救命措置を習った事が幸いした。
タバコに火を点けた。
[ふぅ…まだまだ死ねないなぁ]
いつもの駅のホームで拓也はそう呟いた。
その姿は前のそれとは違い、どこか誇らしげだった。
< 26 / 36 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop