授 か り 人

「こんな光景、思い出さないかしら?」

 悲しそうな笑みを浮かべて氷斗に問いかける。

「こんな状況は…!」

 知らないと叫ぶつもりだった。
 しかし、脳裏をよぎる何千枚もの記憶のページがそれを許さなかった。

「た、おした…。俺様はお前を倒したぞ?!何故?ここに居る?倒して、沼から引きずり上げて…」

「引きずり上げて…?」

 悲しい笑顔が復唱する。

「…下半身を!!!下半身を切り落としたんだよ!!!そしたらお前、人間になって、それで、それで町の人間と一緒に暮らし始めたんじゃなかったのか?こんな所で何してんだよ!!!」

 悲しい笑顔は変わらなかったが、安堵の表情を浮かべた。

「よかった、思い出していただきました。私の役目は果たしました。またお会いできて幸せでした」

 訳のわからないまま彼女を見ていると、霧に混ざるように消えてしまった。
 右手に握られた剣を呆然と眺める。

「…っ、ゲホッ…」

 雷志や風稀は生きている。
 『そうだ、俺様はあいつを倒してみんなを救ったんだ。どうしてこの記憶が消えていたんだ?』

 その記憶の意味するものを知るのはまだ、もう少し先になりそうだ。
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