鏡の彼
第四話 心を掴む音色
 あの日以来、私は放課後になると音楽室にこもるようになった。経済的な理由から家にはピアノなんてない。父親がまだ家にいた頃、ちょっとだけ教室に通っていただけだ。ピアノは離婚の際に手放した。

 楽譜は簡単に手に入った。専門店に行けば、楽譜はピアノ用にアレンジされている。

「ここは、もっと強く……」

 大事な部分であるサビは強弱をしっかりと付け、かといって強くしすぎれば荒れた音になる。強いながらも、繊細に……。難しいところだ。

 サビだけではない。始まりのAメロからBメロにかけては段々と音を強める。そして、Bメロからサビにかけて一気に解き放つ。

 今回私達が選んだ曲は、『いじめにどう立ち向かうか』というのがモチーフになっている。いじめが社会問題となっている今、子供も大人をもこの曲に魅了され、アーティストは二週連続のオリコン一位を獲得していた。

「辛いのは君だけじゃない……は弱いながらも強い方がいいかな」

 イントロから始まり、最初の一文はいじめにあった子に対して誰かが話しかけてくれる場面だ。そこから、この子のいじめの経緯になる。

 Bメロではさらにエスカレートしていくいじめからこの子が立ち向かう姿勢が見え、サビではいじめに苦しんでいるのは自分だけじゃないという事を知る。

「一番は、まだ迷ってるけど、二番では迷いが無くなる……」

 うーん。やっぱり難しいなあ……。

 そして、肝心なのは最後だ。

「終わりのサビにも辛いのは君だけじゃない、があって最後は大切な人がたくさんいるよ、か……」

 ここでこの子は自分には大切な人達がいるのを知るのだから、穏やかに弾くべきなんだろうな。楽譜にもリタルダンド(段々テンポを落としていく)って書いてあるし。

「……調子どう?」

 突然、音楽室の扉が開いて、私はびっくりしてしまう。

 そこにいたのは、私の救世主となった彼。名前は確か――
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