モノクロォムの硝子鳥

玄関をくぐると、広く壮麗なエントランスが視界に飛び込んだ。
屋敷の外観に調和したような美しい装飾品がエントランスを彩る様に配置されている。

床に敷かれた美しい模様の描かれた絨毯は、既製品のそれよりも毛足が長く柔らかい。
土足で踏み入るのが躊躇われ、足元をちらちら見てしまうひゆに「お気になさらず」と、九鬼に少し笑いを含んだ声で言われてしまった。


「まずは、お召しになっている服を着替えて頂かなければなりませんね」

「……着替え…? え…?」


屋敷の中を九鬼について歩いていたひゆの足がぴたりと止まった。

立ち止まったひゆの気配に、九鬼も歩みを止めてゆっくり振り返る。


「…あの、着替えって……私、何も持って…」

「こちらの言葉が不十分でしたね、申し訳ございません。蓮水様が濡れたお洋服のままでいらっしゃると風邪を引いてしまわれるかもしれませんので、こちらで替わりのお召し物をご用意させて頂きます」


ごく自然に告げられる。
一瞬反応が遅れたが、ひゆは慌てて全面に否定を表した。


「制服、もう乾きましたから! 着替えなんて、」

「先程蓮水様のお洋服に触れた時、かなり濡れていると感じました。暖かいお湯もご用意させて頂きますのでどうぞお召し替え下さい」

「大丈夫ですから、ほんとにっ」


初めて訪れた場所で、最初に「服を着替えろ」というのはいくらなんでも突飛過ぎる。

制服は彼の言うようにまだ少し水分を含んでいたが、着替えるほどのものでもない。
暖かい部屋に居ればいずれ乾いてしまう程度のものだ。

必死になって断るひゆに九鬼は近付くと、軽く腰を折って視線を合わせて来る。
反射的に距離を保とうと、ひゆは後ずさってしまった。


「大事な御客様に精神誠意おもてなしをするのが、私どもの勤めであり、喜びでもあります。濡れて冷たいお洋服のままでお過ごし頂くなど以ての外。どうぞ、お身体を温めて濡れたお洋服をお召し替え頂けないでしょうか?」


切望を含んだ視線が注がれる。
このまま否定を繰り返しても、押し問答で埒が明かないような気もし始めた。

ここは大人しく受けた方がマシだと自分に判断を下し、ひゆは胸の内で小さくため息を吐いた。

口に出して「はい」と言うのが躊躇われ、視線を逸らして小さく頷いて見せる。
それを見た九鬼は満足したように「有難うございます」と丁寧に腰を折ると、再びひゆを案内すべく歩き出した。

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