モノクロォムの硝子鳥

――そして、もう一つ。
康造氏の財産分与について、これが一番の問題だった。

通常であれば、遺産相続は半分は妻へ、残りはその子供へ均等分配される。
だが、康造氏の妻は既に他界、たった一人の息子も消息が途絶えている。

息子が現れなかった場合、莫大な相続金の殆どは慈善団体に寄付され、康造氏の親族、つまり兄弟に配分される金額は一部のみと遺言状に記されていた。
金額だけで見れば、一人当たり数千万から億単位が配分される事になっているが、遺産金額からすればそれはごく一部に過ぎない。

配偶者も他界、息子も消息不明と知っている康造氏の兄弟達は、自分達には莫大な遺産が転がり込んで来ると勝手に思い込んでいた為に、この内容には流石に慌てて康造氏に意見したという。

しかし、その遺産配分には一切の変更余地は無いらしく、康造氏の兄弟達は誰一人として納得しないままその場は終了した。

一通りの内容を聞きながら、ひゆはあれ? と内心首を傾げる。
疑問がじわじわと膨らみ始め、義永の話が終えてから遠慮がちに口を開いた。


「あの、今のお話……遺言状ってちゃんと内容が決まってるんですよね? 私は何も関係無いような気がするんですが……」

「ちゃんと聞いていたか? 私の話を」


呆れたような視線を向けられ、何かおかしな事を聞いただろうかと自分の言葉を反芻する。
考え込んでいるひゆを見て小さく息を吐いた義永は、長い脚を組み直して深く椅子に座り直した。


「先程の二つ目の遺言。あれは直系相続者が居ない場合の相続内容だ。妻も居ず、息子も消息が絶っている状況だがその息子に子供が居たら、相続内容は変わってくる」

「……どう、変わってくるんですか?」


相続の話なんて生まれて初めて聞くのだ。
分からない事ばかりで、ひゆは困惑した表情を更に曇らせた。


「代襲相続、というものがある」

「だい、しゅう……相続?」

「被相続人――つまり康造氏の事だが、遺産相続開始時に被相続人の子供が死亡していた場合、被相続人の子供の子供――孫にあたる人物が存在すれば遺産相続出来ると法で定められている」

「あっ……!」

「康造氏の直系卑属である息子は一人。その息子に子供が居るとなれば代襲相続が認められ、志堂院家の遺産は全てその孫へと引き継がれる事となる。――言いたい事は分かるな?」


息を飲むひゆの背中に冷たいモノが伝う。

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