モノクロォムの硝子鳥

深い闇を思わせる漆黒の双眸はゾクリとするほど官能的で、その妖しさに心臓が大きく跳ね上がる。


「嘘偽りなく、私の前では素直で居て下さるとお約束下さい。そうすれば、私は蓮水様の為だけにお仕え致します」

「私の、為だけ……?」


自分だけに仕える?
この状況で、どうしてそんな話になるのかまるで分らない。

だが、九鬼は悠然とした笑みのまま、更に距離を縮めてくる。


「……それも、志堂院さんの遺言の一つですか?」


声が震えるのはもうどうしようも無かった。

不安と焦燥と驚愕と、色々な感情がないまぜになって頭がぐらぐら揺れてくる。
触れる手を払えず、ソファーと九鬼に挟まれて逃げる隙間も無い。


「元々、蓮水様をこちらの御屋敷にお連れして、先ほどのお話をお聞かせするのは私の役目でした。その後、蓮水様にお仕えする事も康造様より仰せつかっております。ですが、今申し上げているのはまた別の話です。蓮水様がお約束して下されば、康造様の命ではなく、貴女の命に従いお仕え致します」


ひゆの白く小さな耳に唇を寄せて、九鬼の声は溶けるように吐息と共に流れ込んで来る。
ぞくんっと痺れるような震えが走り、腰が引けて背中をソファーに擦り付けてしまう。

より深く、柔らかなソファーに沈むひゆの身体に、覆い被さるよう寄せられた九鬼のしなやかな体躯。
近過ぎて焦点が合わないまま、ひゆは小さく首を振った。


「…そんなの、要らないです。私は……」

「いいえ、貴女は欲しい筈です。そうやって欲しいと望む事に怯えているだけに過ぎません」


ひゆの小さな頤を捕え、吐息が唇に触れるほど近く顔を寄せられる。


「その愛らしい唇で、一言仰れば良いのです。私に『約束する』、と」


紡がれる声がひゆの唇をなぞり誘う。
それだけで、また新たな震えが走った。


「……ッ要ら……な……!」

「蓮水様」


否定の言葉を上げた次の瞬間。
柔らかなものに唇を塞がれた。

一分の隙間も無いほど、しっとりと重ねられたそれが九鬼の唇だと気付いた時には、重なるだけの行為はより深くなっていた。

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