モノクロォムの硝子鳥
噛み締めていた唇が解けるのを見て、男は痕の付いた部分を指先で優しく擽る。
甘い仕草に、トクン…と鼓動が震えた。
顎に掛かっていた指は離れ、そのままするりと頬に手が添えられる。
暖房の効いている車内でもまだ冷たいひゆの頬に、男の手の温もりがじんわりと染み込んでいく。
誰かの温もりをこんな風に感じたのは、一体いつ振りだろう……。
ひゆは何をどう反応して良いのか分からず、ただただ男の手にされるがままになっていた。
戸惑いながらも視線は外せず、触れられていても身じろぎすら出来ない。
何かに囚われてしまったかのように、視線を絡めたまま動けないでいた。
言葉の無いひゆに対して、男は不審に思うでもなくじっと視線を止めたまま、ひんやりとした白い頬を優しく撫でてくる。
「柔らかくてとても滑らかな肌なのにこんなにも冷たい。もっと暖房を強く致しましょうか」
男の言葉を聞きとめた運転手が、すぐさま空調を強めた。
車内の温度が上がるよりも、男に触れられている箇所の方が熱くなっていくようで、そこに意識が集中してしまう。
ひゆの頬を撫でていた手が顎のラインをなぞって耳朶の柔らかな部分をそっと擽る。
長くも、短くも感じられる時間。
耳の裏側を辿り、乾きだした髪をサラリと掬って撫でてから男の手は離れていった。
「到着まで後20分程度です。もう暫くご辛抱願えますか?」
「………はい…」
ひゆの唇から漸く紡がれた言葉は短く、とても小さかった。
男から意識を逸らそうと再び外の流れる景色に目を向ける。
けれど、頬を撫でた指先の感触が頭の中から離れなくて。
心はずっと甘く痺れていた――。