モノクロォムの硝子鳥

「――そういえば、まだ私の名前を申し上げておりませんでしたね」

車は走り続け、街並みから今は国道に移っている。
あれからずっと窓の外を眺めていたひゆは、その声に促され再び隣の男へと視線を向けた。

相手の名前を知らないのに、相手はこちらを知っている。
初対面のひゆに対してフルネーム付きで話し掛けてきたのだから、きっとそれ以上にひゆの素性を知っているのだろう。

知らない相手に自分の事を色々知られているというのは、気分の良いものじゃ無い。

それを顔に出すこと無く、ひゆは相手を伺った。


「私の名前は、九鬼 彰博(くき あきひろ)と申します。蓮水様をお連れする御屋敷で執事を勤めさせて頂いております」

「……執事、さん…?」


確認するように言葉にしたひゆに、九鬼は苦笑を浮かべる。


「『執事』というのは庶務を執り行う者の職名になります。私の他にも御屋敷には執事が数名おりますので、私の事はどうぞ九鬼とお呼び下さい」

「……分かりました」


九鬼の名前を、心の中で小さく復唱してこくりと頷く。

『執事』という言葉から連想するのは大きな御屋敷に仕える使用人というイメージだ。
その執事がひゆの連れて行かれる御屋敷には、彼以外にまだ数名居るというのだから相当大きな御屋敷かもしれない。

そんな大きな御屋敷の住人が、自分に何の用だろう。

元より、人付き合いはかなり狭い方で、学校でもあまり親しい友人は居ない。
自分が意識する「知人」の数は両手で足りてしまうくらいだ。

社交性に問題があるとは思っていないが、傍目から見れば問題だらけかもしれない。
進んで誰かと親しくなりたいという欲求はあまりなく、学校で単独行動していても特に寂しいと感じなかった。

――どちらかと言えば、一人で居る方が心が落ち着ける。

そんな自分が「御屋敷」と関係する人物に思い当たる筈もなく、思考はそこで止まってしまった。

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