ウォーターマン
 黙爾然たる高山に、久坂は口言(こうげん)した。
「ロボット犯罪防止官制度が発足する迄は、現状の儘いく」
「発足した後は」
「今のところ白紙だ。だが心身共に犯罪絶滅の為に捧げた君を、総理は決して悪いようにはしない」
 高山は久坂の熱弁(ねつべん)に大人しく退庁したが、内心の動揺(どうよう)は隠せない。
(俺はどうなるのだ。姿も家族も失い、人間をやめた俺は。只の殺人(さつじん)鬼(き)になってしまうのか)
 高山は珍奇な程公(おおやけ)に忠誠心を尽くしている、古武士然たる士夫(しふ)である。大君(おおきみ)への忠節(ちゅうせつ)心(しん)が揺らいでいるのに気付き、慌ててその感覚を打ち消した。
(国を信じることができなくなったら、お終(しま)いだ)
 高山は胸底(きょうてい)の暗雲(あんうん)を払いながら、誰の目にもとまることなく、東京の霞の中に吸い込まれていった。
 磨生は全犯罪者に対し、征討(せいとう)宣告(せんこく)をしている。この為磨生の許には連日脅迫(きょうはく)電話がかかり、磨生の行く所には、必ず暗殺の謀略があった。磨生はダイナマイトの風圧にも耐えうる透明の防護服を、外出時は無論のこと、就寝中でさえ装着(そうちゃく)している。首相官邸及び公邸は、常時百人以上の警備員に守護されていた。磨生殺害を願う者は、地下に潜った共産・無政府主義者、暴力団員、言論弾圧主義者等である。

 高山はその後もヤクザや犯罪者を次々と抹殺(まっさつ)していった。高山は悪人に対する憎悪(ぞうお)を発条(ばね)にして、闘争(とうそう)していたのである。

 翌年睦(む)月、久坂公安大臣は犯罪防止官計画を公表、犯罪撲滅宣言をした。手始めに相武州警察に、犯罪防止官が人口百人につき一体の割合で配属された。
 一般市民には犯罪防止官と直結した腕時計仕様のTV電話、アームテレフォンが無料で配布された(但し通話料は、非常用テレフォンスイッチを除いて有料である)。非常用スイッチを押してから僅か一分以内で、相武州中何処でも犯罪防止官が飛んで来ることができるようになったのである。
< 14 / 40 >

この作品をシェア

pagetop