ウォーターマン
 杉田は久坂の志を察見(さっけん)し、玉(ぎょく)意(い)を聴聞(ちょうもん)して、久坂に伝達してくれた。
「陛下は、戦争を憂慮しておられる。平和的解決を、飽(あ)く迄も望まれている」
 久坂は杉田から天意(てんい)を拝聴し、身の震える程の感動を覚え、覚醒(かくせい)した。
(何とかせねば。何とかせねばならぬ)
 久坂は孤高の苦海の波浪(はろう)を浴びながら、孤軍奮闘し始めたのである。

 北朝鮮の国営放送は、連日日朝開戦近しと放映し、世論で戦意を駆り立てていた。磨生は北朝鮮総攻撃令、日本海作戦の発動を指令、北朝鮮の核ミサイル迎撃体制も整えた。
 八月十四日、久坂は宰政公邸に現出し、磨生に面会を求めた。久坂は顔パスで応接室に通された。数分後、ノーネクタイで白の半袖ワイシャツに黒ズボンという格好で磨生が入室してきた。 久坂はベージュ色の背広上下に身を包んでいる。二人共歯(し)次(じ)を見せている。
「君に会おうと思っていた」
キラリッと光彩(こうさい)が放たれ、赤光(しゃっこう)が散華(さんげ)した。
「久坂」
「磨生よ」
 磨生の体内に、鋭利(えいり)なナイフがある。磨生は、久坂の胸部(きょうぶ)に倒れかかった。
「何故だ」
「戦争回避の為だ」
「馬鹿な」
 磨生は前のめりに沈んでいく。
「キャー」
 お茶を運んできたメイドが、ガラスコップを放擲(ほうてき)して逃げ出した。久坂はクールな面相でドアーに鍵をした。ぐったりと俯(うつぶ)せている磨生を仰向けにし、短刀を今一度回転させて、磨生の臓腑(ぞうふ)を抉(えぐ)った。磨生の断末魔(だんまつま)の呻(うめ)きが途切れると、小刀(こがたな)を抜きとった。
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