揺らぐ幻影
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落ち葉の表面に光る霜、川に張られた薄い氷の膜、満室と書かれた旗を揺らす風、

どうして二月の朝はケーキをナッペするように繊細なのか。

いつもムラになってしまうのだけれど、パレットナイフを上手に使えるようになれば、

柔らかく包み込んであげられる優しい大人になれる気がした。


どんなに貯金を叩いても時間は操れなくて、皆平等に朝は必ずやってきて、

今日ある感情は昨日の自分からの課題だ。


後悔の言葉は明日への無駄と化す。

反省しただけで終わらせるのではなく、きちんと未来の対策を練られる人でありたい。


浮かない顔をした結衣を正反対に映す鏡の中で、逆毛を立てた根元にスプレーをふりかける。


蛍光灯が点滅し、筒の中の黒ずみが透けて見える。

女子の本音はトイレで暴かれると、男子からそんな疑いがかけられそうだ。



「ごめん知らずに色々」

失恋は既に三週間ほど経っており、肝心な辛い峠は越えているため今更だろう。

報告されないから知らなかったのではなく、気付かないから分からなかったのだ。

非は結衣だ。
恋愛の部分に限って疎い彼女は、友人に今までの言動を謝罪した。


「ん、全然。結衣に迷惑かけたくないし」と、庇う愛美は少し照れ臭そうに、

それでいて悪戯に「思いやりの心がある私」と揶揄して笑う。


だから、結衣は幸せ者――それ以上はしんみりさせず、

あえて「さすが聖女様」と、乗っかることにした。


昨日あった感情は、何もかも二人が自分を大事に思ってくれていただけだ。

悲観するのはよそう。
『アタシが悪かった』、『友達なのに何も役に立てないなんて』と、

自分を責めて嘆くことで、せっかくの善意を踏みにじる真似はしたくない。

それは悲劇のヒロインに自ら挙手する自己愛女に過ぎず、

悩んでいる己に酔いたいがりで、わざと辛い感情を選択する構ってちゃんが、

ネガティブに泣いて自分を演出したいだけだ。


里緒菜も「元気もりぞー愛の万博」と口を挟む。

陽気な笑い声に包まれると、今まで通りでいいのだと結衣も自然に笑顔になった。


太陽だってちゃんと空にあって、花を起こして甘い香りを運んでくれる。

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