揺らぐ幻影

春の予感がした。

右足を左足の後ろに隠して膝を折り、スカートを広げる要領でジャケットの裾を持ち上げてみせる。

それは、お花畑の国でお姫様が王子様にダンスを申し込む時の合図だ。

マドカ高校には海外版っぽいダンスパーティーがないため、結衣が勝手に決めたこと。


好きな人が立ち止まる。
少々照れ臭く、彼女は小首をかしげ冗談めかす。


遠く先を歩く三人が、何やらこちらを指指し爆笑している様子が見えた。

ゆっくりと近藤へと視線を戻すと、心臓が甘く踊り出す。


お花屋さんから運ばれる花の香りは、恋の薫り。

ロマンチックな店主がホワイトデーにちなみ、チョコレートのそれをわざわざチューリップの隣に並べたとしか思えない。

それはきっと彼の部屋にも――……ある。




「水やり楽だよな?」

淡くはにかむ近藤は、現実の世界で結衣をお花畑に連れていってくれる唯一の人、

あのワンピースはあのお花モチーフだ。



「あのワンピースで――……」


ふわりと囁かれた言葉は、現実的な世の中で甘い夢を見させてくれる誘い。

『あのワンピースで……』
続きの言葉は秘密にしよう。


どうやら、大好きな人が恋する乙女の夢を叶えてくれるらしい。



初恋はいい年をして甘えたなお子様、片思いは舞い上がったり凹んだりでいちいち忙しい。

友人が学生ノリで支えてくれたら、親友パワーで主人公は頑張れる。

計算ばかりの雑な計画を立て、作戦ありきの初めての恋は、

イカサマではなくお子様なりの美学だ。




“偶然”恋に落ちて、“奇遇”にも両思いになったのは、

アホな近藤洋平とバカな田上結衣だ。

生温く薄っぺらく言うならば、二人の出会いは運命で、“必然”だ。


偶然、奇遇、必然。
この三拍子が揃えば、まあまあチープな花が咲く。

結衣が咲かせた花。
それは幻影ではなく、確かに咲いている。


しょぼい運命なんて彼女一人では枯らしてしまうが、

両思いの花を皆で育てていくならば、都合上魔法がかかってきっと散らないはずだ。


枯れないで、蕾のままでいて、開花して。
あなたと二人、わがままに揺らがない恋は微笑ましい。

〓おわり 揺らぐ幻影〓

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