揺らぐ幻影

どうして男子は幼稚なのだろうか。

人がされたら困ることを分かっていてあえて行うのだから、意地悪だと結衣は思った。

小学生の時に色白な肌を雪女だとあだ名を付けられた苦い経験とダブる。


「イッチー訴えるか? 早まるな示談金を要求しろ」

「あははっ田上どうする」

「世界の田上〜謝罪文を発表せよ」

これが近藤の友人の市井でなければ、結衣だって野次をなぞって『オマメです』や、

『申し訳ございません、今日一日総合演出させて頂きます』くらいの冗談を言って、

簡単にこの場で笑いを掴む自信がある。


けれど、彼は好きな人の友人というポジションとなれば話は別だ。

どうしようを頭の中で二十六回唱えた頃、肩を竦め市井が言った。

「彼女にするなら田上結衣、性格のいい結衣ちゃん、付き合うなら田上さん?、だっけ? ふ、あんまり暴れないでね」


「〜、な……! ん」


可愛い顔をして彼が紡ぐ言葉、それは愛美と里緒菜がわざと誇張して話した言葉だ。

どうやら先日の作戦は成功だったようで、前を歩く市井には聞こえていたらしい。

必然的に隣を歩くターゲットの耳に留まったはずだ。

  うそー

  聞こえてたんじゃん!!

  うそだ、ありえない

嬉しさより先に動揺してしまう。

そう、ということは、近藤は“タガミユイ”という音をどう思ったのだろうか、いいやそんなことより今のこの状況だ。


  ……私、

  でも私……

この恋を乙女ビジョンで語るなら、まるでシフォンケーキ。

卵白を泡立てるのが大変なように、彼に近付くのは一筋縄ではいかなくて、

焼いた後に型から外す際は丁寧に扱わなければ表面が崩れてしまうように、

恋心は優しく触らなければ壊れてしまうから、繊細で大切な儚い夢。


舌の上でしっとりととろける口当たり、軽くて甘いシフォンケーキそのもの。

生クリームを絞って、ミントの葉を添えれば完璧。

焼きたてを食べて欲しい人は、大好きな彼――

ああ、どうして恋をすると脳みそが砂糖に変身してしまうのだろう。

他人がドン引きする世界には、きっと幸せしかない。

< 85 / 611 >

この作品をシェア

pagetop