揺らぐ幻影

…‥

特に冬なので喜ばれる太陽が空の真上にある頃、お昼ご飯の長休みが始まり、どこの教室も賑わっていた。

おにぎりにパンを合わせる炭水化物くん、小さなサラダだけで済ませるヘルシーちゃん、

煮物が渋い和風お弁当の健康さん、彩りの良いコンビニパスタちゃん、

給食ではないので、生徒の数だけ食事内容は異なる。


青白い顔をした結衣はというと、お弁当を既に食べ終わっていた。

そして彼女の左胸はいつもの緊張からくるドキドキではなく、嫌なドキドキが大きかった。


その理由は、チキンな癖に好きな人が居るF組の教室に入ろうと計画していたからで、

己が敷居を跨ぐことで服コの女子軍に疎まれたら嫌だといった気持ちが大きかったせいである。

それでも作戦に挑む勇気を讃えていただきたいと主張したいのが、片思い組だ。


  あー、悪口叩かれませんように

  怖いー怖い
  おおコワッ、だし

華やかな彼女たちをひどく恐れている分、実はその倍憧れているのが結衣でもある。

きらびやかで溌剌としていて自信たっぷりな天真爛漫さが羨ましかった。

自分というものがしっかりしている人は、保守的な異性ウケは外しがちだが、

同性立場だと最高にイイ女だとみとれてしまう。


結衣のクラスよりの廊下から近藤のクラスの様子を首だけ伸ばし、そっと中を覗いた。


  、あれ……?

ドアの隙間にはほとんど――いや、女子生徒が一人も居なかった。

数人の男子生徒がそれぞれの席で談笑しながら箸を進めているランチタイムで、予想とは違った。

  ?……

  ラッキー、……かな


結衣は知らないのだが、服コに属する女と呼ばれる生き物は、可愛いと注目を浴びるのが好きなので、

一日に七回は褒められる野次をもらいたい性分のため、

お昼休みは食堂や中庭、とにかく人が集まる場所に行かなければならないらしく、

教室に留まる必要性がなかったのである。


たかが隣のクラス、されど隣のクラス。
女子高生のご近所付き合いも なかなか大変なものだ。



お嬢さん方の目がないことにほっとした結衣は、いくらか緊張の糸がほどけ、

ゆっくりと禁断の枠を越えた。

< 91 / 611 >

この作品をシェア

pagetop