一なる騎士
 あたりはしんと静まり返っていた。
 素人目にも尋常でない勝負のありようであった。

 確かに致命的な一撃を受けたと言うのに、『一なる騎士』は平然としていた。いや、それどころか反撃に転じたのだ。

 倒れ伏したのは白き騎士。

 近衛騎士団長にして王の守護騎士として名乗りを上げた男でもあった。
 そこには何か背筋を寒くさせるものがあった。

 黒き騎士が剣を無造作に一閃させた。
 白き騎士の首が転がる。

 切り口から血があふれ出た。たちまち血溜まりができる。白い甲冑もマントも真紅に染まっていく。濃厚な血臭が立ち込める。

 しかし、彼はそんなことには頓着しなかった。
 血染めの大剣を高く差し上げる。
 ぎらりと剣の刃がまがまがしい光を放った。

「我に女神の意あり!」

 静謐の中、大音声が響き渡る。
『一なる騎士』の声に宿った何かが彼らの不安を一掃した。

 ついに彼らは道を違えた王から開放されるのだ、と。
 ついに大地の女神の裁断が下るのだ、と。

 一瞬あと、両軍から歓声があがった。
 次々に天に向かってこぶしが突き上げられる。

 熱に浮かされたような群集の叫びが獣の咆哮のようにこだまする。
 厳格な規律に縛られたはずの近衛騎士とて例外ではない。

「『一なる騎士』に称えあれ!」

 寿ぐ言葉が怒濤のように広がっていく。
 たちまち門は開かれ、『一なる騎士』は王都に迎えられた。


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