一なる騎士
 しかし、王は目前の騎士の謝罪などにもう耳を傾けていなかった。
 玉座の側に控えた王妃に声をかける。

「王妃よ。姫はどうした? 子どもたちを皆、ここに連れて来るよう申し付けたはずだぞ」

 王妃もまたこのわずかのあいだに数十歳も年を取ったようだった。輝かしい金髪は失われ色あせていた。

 滑らかだった白い肌にも細かいしわが刻まれている。
 もともと華奢な人であったが、ろくに食事もとっていないのだろうだろう。

 やつれて女性らしい丸みも失われ骨が浮き出している。それでもまだ彼女の清廉な美しさが失われていないのが、いっそ哀れであった。

「陛下、それは……」

 王妃は王の問いかけに言いよどむ。姫が行方不明とされてもうずいぶんとなる。最近のヴィドーラは記憶の混乱すらあるようだった。それをこの情緒不安定な彼に指摘するのはためらわれた。

 しかし、まだ十にもならない上の王子は、子どもゆえの無神経さを発揮した。

「父上、セラスヴァティーは先日の火事より行方が……」

「黙れ。お前には聞いておらぬわ」

 父の怒声に、王子は殴られでもしたかのようにびくりと震え上がった。彼は、今まで父から厳しい仕打ちを受けたことなどない。妹姫とは対称的に可愛がられていた。父に良く似た深緑の瞳が潤みかける。

「陛下、私がお探ししましょう。きっとどこかで遊んでおられるのですよ。活発な御子様ですから」

 幼い王子への冷たい仕打ちを哀れに思い騎士は、助け舟を出した。

「そうか。ならば任せる。急ぐがよい」

 騎士の言にふいに王は上機嫌になったようだった。


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