ボーダー
「ハナ!」

立て付けが悪い教室のドアを、レンと共に蹴り倒して、助けに来てくれたのはミツだった。

ドアは無残にも倒れてしまっている。
蝶番の破片も落ちていて、これは弁償だろう。

そんなことを考えられる辺り、少し冷静にはなったようだ。

「てめぇら、人の女に何しようとした?
まさか、体操服脱がせて、とか考えなかっただろうな?
……ふざけるのも大概にしろよ?
コイツの体操服の下を見る権利があるのは、彼氏のオレだけだ。」

ミツの目が本気だ。
それに、こんなに低いトーンでキレるミツは見たことがない。

レンが、そっと私を抱き寄せてくれる。

さすがは幼なじみだ。

「ねぇ、私にこんなことして、彼女さんは大丈夫なの?」

私が小声でレンに問う。

「だから、まだ彼女じゃねぇよ!」

ミツがひとりひとりに、降参の言葉が口から出るまで、簡単な魔法で痛い目に遭わせていた。

涙が止まらなくなる魔法や、しゃっくりが止まらなくなる魔法、笑いが止まらなくなる魔法などは、こういうときでもないとあまり使われない。
簡単な魔法の部類に入る。

身体がフラついたミツを、私とレンが支えた。
もう涙はとっくに引っ込んでいる。

「大丈夫?」

「……ああ。
昔、鈴原先生から聞いた。
どんなに魔法の力が小さいうちは強くても、歳を取るごとに魔力に身体が適応できなくなっていく。
それで魔法を使ったから、疲れただけだ。

この分じゃ、徐々に魔力は失われていって、完全に使えなくなるのも時間の問題だな。」

え?
そんなこと、知らなかった。

そういえば、と思い当たる。
最近、ブローチや指輪を使っても魔法が使えないことが増えたのだ。

近々、鈴原先生に相談しようと思っていたところだった。

そんな。
少し、ショックが大きすぎたのかもしれない。
ぺたん、と床に座り込んだ私を、幼なじみと彼氏が手を引いて立たせてくれた。

「大丈夫か?
体調悪いか?ハナ。
何なら、二人三脚、代役でオレ出るけど。」

半泣き状態の私に驚いて、慌てて聞いてくるのはレンだ。

「大丈夫。
魔法使えなくなってることに、ちょっとショック受けただけ。」

「そっか。」

ポン、とレンは私の頭を撫でてくれた。

ミツは、レンと自分の体操着に盗音機を取り付けていたから、私のいる場所がわかったようだ。

あ!
そういえば、愛実と、和貴くんは、大丈夫だろうか。
ふと気になって廊下を覗いた。

和貴くんは、私に向かって後ろ手でVサインをくれた。
愛実をさりげなく、壁際に追い詰めている。

告白秒読みの2人の邪魔をしちゃいけないね。

「ミツ、ハナを頼んだぞ。
俺は、借り人競争の実況だからな。
今から準備なんだ。」

レンはそう言って、教室のドアをそのままに、出て行ってしまった。

通りがかった優しそうな女性教師に、水分補給のために教室に入ったらドアが倒れていた、と告げた。

「危ないわねぇ、怪我とかしなかった?
これは職員室の偉い人に伝えておくわ。
あなたたちは、早く競技に戻りなさい。

熱中症には気をつけるのよ?」

女性教師は、塩飴を私とミツに渡して、去っていった。

怒られないで済んだ。

二人三脚に出る前、選手の待機ゲートで、愛実を見つけた。
彼女も出るのか。
同じ赤組に振り分けられてるからな。
和貴くんと何があったのか聞いた。

「んー?助けてくれたお礼がしたいって言ったら、それは特に要らない、って言われて、それはあんまりだよ、って話になったの。

じゃあ、何か私にできることない?何でもするからって言ったのよ、私が。
そうしたら、彼が何かを言いかけたの。
でも、そこで教師に早くグラウンドに行け、って注意されちゃって。」

教師って空気読まないからな。

二人三脚は、途中で転んだりしたけど、2位でゴールした。

選手の待機ゲートにいた和貴くんが、私と愛実の肩を叩いて、言った。

「任せて。
遅れは取り戻すよ。」

頼もしいな。
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