ボーダー
〈レンside〉

体育祭。皆は2回目だが、オレは最後になる。
放送部の皆が、実況をほぼオレに割り振ってくれているのは素直に嬉しかった。

数少ない、他の部員の実況を聞きながら赤組を応援するか、と思ってた矢先。
ミツがオレのところへ走ってきた。
ハナがいないという。

選手の待機ゲートのところも走り回ったがいないようだ。

すると、オレとミツの体操服に着けた盗音機のランプが点滅しているのに気が付いた。

盗音機に、オレが放送部の実況に使うためのイヤホンをつけて、録音された音声を聞く。

「愛実、逃げて!」

ハナの声だ。
この一言で、彼女に何かあったと分かった。

「ハナ!
……嫌よ。
由紀と一緒。
こういうの、一番嫌いなの。
ハナだけじゃなくて、私も乱暴する気?
どういうつもりか知らないけど、いずれ助けはくるわ。
こんなことしても無意味よ!」

「篠原さんに触るな!」

愛実を篠原さんと呼ぶのは、転校生の和貴くんしかいなかった。
愛実ちゃんのことは、和貴に任せるか。
おあつらえ向きに片想い中のようだし。

体育祭中に告らせるか。
借り人競争に和貴が出る。
そこで上手く、連れてこさせられればいいな。
そして、適当なタイミングでマイクを渡せば、なんとなくいい雰囲気にはなるはずだ。

こういう学校行事は、その場のノリと勢いで告白が成功しやすいのだ。

「卑怯な真似、俺も嫌いなんだ。
この手、離してくれない?
彼女に何かしたら、容赦しないよ。」

和貴の声だ。
完璧に愛実ちゃんに惚れてるじゃん。
もう、じれったいなぁ、早く付き合えよ、お前ら。

ピロティから入れる校舎の近くまで来て、適当に靴を脱ぐ。
上靴なんて履いてられるか。

ちょうどその時、オレたちの頭上で、案内すると言わんばかりに、スズメがパタパタと羽ばたいている。

こんな形で動物を使えるのは、オレたちが探している女、ただ1人だ。

……ハナ!

「……いい女だな。」

「お前のあられもない姿を見せつけてやるか。
お前の大事な男に、目の前でな。」

嫌な音声が聞こえる。

「早く行け、ミツ!
お前の大事な彼女、またあんな目に遭っちまうぜ!」

発信機の示す点は、どうやら俺の目の前にあるドアのようだ。
しかし、ドアが開かない。

そういえば、この教室のドア、立て付けが悪いんだったな。

……蹴り倒すか、緊急事態だ。

まずは俺がドアを辛うじて固定している蝶番のあたりを蹴る。
向こうで、こっちではマイナーな武術だったりキックボクシングもかじっていた。

こういう類のものは、少なくとも昔よりは得意だ。
ハナが昔のように車内で暴行されていても、車の窓ガラスくらいは割れると思う。

こんなことをやっている場合ではない。

ミツと2人で、同時に体当たりするとドアはオレたちと逆側に倒れた。

ああ、弁償だな、これ。

「てめぇら、人の女に何しようとした?
まさか、体操服脱がせて、とか考えなかっただろうな?
……ふざけるのも大概にしろよ?
コイツの体操服の下を見る権利があるのは、彼氏のオレだけだ。」

低い声のトーンでキレるミツ。
怒りの沸点は最高潮なのだと、幼なじみのオレとハナには分かる。

不安そうなハナを抱き寄せてやると、小声で彼女は俺に聞いた。

「ねぇ、私にこんなことして、彼女さんは大丈夫なの?」

「だから、まだ彼女じゃねぇよ!」

メイのことなら、まだ気にしなくていい。
今度会ったときに、ガールフレンドだと伝えればいい。
というより、ハナも不安だったはずだが、こんなことが言えるくらいだ、少しは落ち着いたのかもしれない。

ミツがひとりひとりに、降参の言葉が口から出るまで、簡単な魔法で痛い目に遭わせていた。

涙が止まらなくなる魔法や、しゃっくりが止まらなくなる魔法、笑いが止まらなくなる魔法。
なかなかえげつない。
ハナを囲んでいた男にあらかた魔法をかけたところで、ミツの身体がフラついた。

「大丈夫?」

「どんなに魔法の力が小さいうちは強くても、歳を取るごとに魔力に身体が適応できなくなっていく。
それで魔法を使ったから、疲れただけだ。

徐々に魔力は失われていって、完全に使えなくなるのも時間の問題だな。」

そういえば。
オレも、最近使っていないが、魔法を使った後は息切れするようになった。

ぺたん、と床に座り込んでしまったハナを、今度はオレとミツが手を引いて立たせた。

「大丈夫か?
体調悪いか?ハナ。
何なら、二人三脚、代役でオレ出るけど。」

実況は借り人競争からだ。
それ以外はない。

彼女は最近、魔法を使うことに不自由を感じるようになった事実にショックを受けただけのようだった。

「ミツ、ハナを頼んだぞ。
俺は、借り人競争の実況だからな。
今から準備なんだ。」

ポン、とハナの頭を撫でると、オレは校舎を出て、放送部のブースに向かった。
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