ボーダー
「すみません!
知り合いを探してたら、遅くなって!」

「おお、蓮太郎か。
別に気にしなくていいよ。
クラスのいろいろもあるだろうし。
君の実況、評判いいからね、放送部のいい宣伝になる。頼むよ!」

先輩が声を掛けてくれる。

優しい先輩ばかりの部活で助かった。

オレが実況する借り人競争は、去年行って評判が良かった行事の1つだ。

何せ、去年はミツがハナをお姫様抱っこしてゴールしたからな。
普通に手を引いて走るだけじゃなく、王子様みたいだ、って歓声が上がった。
実況が全く聞こえなくなって参った、って先輩が漏らしていたのを覚えている。

それ以来、ミツへの女性人気がアイドル並みになったのだ。

そして、クラスの評議委員と協力して、お題を考えたのもオレたち放送部だ。

『振替休日にデートしたい人』

『学校のOBかOG』

など、その場を盛り上げるお題の他に、変わり種も仕込んである。

『身体が柔らかい人』
『犬の画像を携帯の待ち受けにしている人』
『バク転ができる人』
などは、ちょっとやそっとじゃ見つけられないだろう。

ギブアップして1人で走る手もあるが、盛り上がりには欠ける。

まぁ、バク転ができる人はオレを連れていけばよいのだが、それをすると実況役がいなくなってしまう。
まぁ、一時だけ先輩か後輩にマイクを託せばいい話ではある、と言われればそれまでだ。

その前に、オレがバク転ができることを知っている人がいるかどうかが問題だ。

オレが、アメリカから一時帰国していた日に、器械体操が上手い中学生役のエキストラとして撮影をしていたことを知っていれば、バク転が出来ることまで思い至るのだが。

マイクをセッティングして、いざ、実況スタートだ。

『さて、始まりました、借り物ならぬ、借り人競争!
昨年は、お姫様抱っこをしながらゴールした選手もいましたね。
今年はどんなラブハプニングが見れるのか、楽しみにしましょう!

なお、放送席の横には、お題がOKか、判定するための人たちがいます。
その人たちが○の札を上げたら、ゴールに向かってくださいね!
✕の札が上がったら、もう一度やり直しです!

いかにして、やり直しを出さないかが勝敗のポイントです!』

煽りすぎるくらい煽ったほうが、こういう競技は面白くなる。

『赤組、白組共に、選手が次々と紙を引いていきます!
引いた紙は、モニターで続々アップにされますので、そちらにもご注目ください!』

『白組の選手、身体が柔らかい人、という紙を引いたぞ!
誰を連れてくるのか?
2年7組、矢浪 友佳《やなみ ゆか》を連れてきたぞ!
彼女で大丈夫なのか?

判定は全員○!
180度の開脚も余裕だー!』

友佳ちゃん、バスケ部の次期部長なのは知っていて、大会でも活躍しているが、身体が柔らかかったのは知らなかった。
一成との夜のお楽しみは身体が柔らかい方が楽しめるだろう。

白組がリードしている。
まずいな。
オレも、実況をしながら出られるようにスタンバイしておくべきか。

そこへ、和貴くんが愛実を連れて全速力で走ってきた。

『紙には、犬の写真を携帯の待受にしている人と書かれているようです!
判定員の判定は、合格です!
可愛いですね!
癒やされます!』

判定員の札と共に、待ち受け画面をアップにする。
愛実の携帯の待受は、可愛い黒耳のチワワだった。

知らなければ、連れてこられないはずだ。
そう思って、こんなお題を混ぜ込んだのだ。

そういえば、さっきハナを探して校舎から出る前、和貴と愛実ちゃんが2人して携帯を持って、連絡先云々言ってたなぁ。

そこで知ったのか。

和貴くんの勢いに続こうと勢いづいたのか、赤組が人を続々引き連れ、ゴールしていた。

ミツは、護身術が使えそうな人、というお題で連れてこられていた。

『2年3組、御劔優作さん、ありがとうございました!
その護身術で可愛い彼女さんをずっと守ってあげてくださいね!』

実況席から観客席までは数百メートルあるのだが、それでもミツの睨んでいるミツの顔が見えた気がして、寒気がした。

後で、1発殴られること覚悟だな。

バク転ができる人、というお題が出て、覚悟を決めた。
赤組の選手にオレを連れて行けという声援を送っていたのは、ミツだったか、一成だったか。
……余計なことを。
マイクを放送席近くにいた部員に押し付けて、赤組のためならと、躊躇することなくバク転を披露した。

『素晴らしいバク転でした!
判定も、文句なしの全員○の札!
お見事です!
先輩、アイドル事務所入れますよ!』

実況が一言多い。
先程のミツの気持ちが少し分かった気がした。そして、赤組が勝った。

『よく見つかりましたね、犬の写真を携帯の待受にしている人。
なかなかピンポイントで、限られた時間の中見つからないよね、って話してたんです。』

オレは、和貴にマイクを渡して話を振った。
彼は渋るかと思いきや、あっさりとマイクのスイッチを入れて話す。

「ちょっとハプニングがあって、さっき、連れてきたこの子を助けたんです。
助けてくれたお礼に何かしてほしい、と言ってくれたのに対して、まだ返答をしてませんでした。
この場を借りて言わせてください!
篠原 愛実さん!
友達からで構わないので、付き合ってほしいです!」

うわぁ。
何かしら言うとは思ったが、こう来たか。

マイクは、愛実ちゃんの手に渡った。
彼女は、なんの躊躇もなく言った。

「ちょっと公開告白はあり得ないな、と思いましたので、友達から始めたいと思います!
後で、連絡先教えて下さい!」

グラウンドが一気に笑いに包まれた。

オレや和貴が色別対抗リレーで他を引き離してゴールしたため、赤組は優勝した。

翌日は休みのため、体育祭のお疲れ様会をいつものメンバーで開催することになった。
麻紀ちゃんと真くんが豪勢な手料理を振る舞ってくれて、さすが料理が得意なカップルだな、と思った。

それから中間テストという名前の割には範囲が広くなった試験も終えて、何事もなく、過ごしていた。
……あの日が来るまでは。
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