ボーダー

後継者

部屋に紅茶を届けに来た祖母。昔のように和やかに談笑するオレと姉さんを見て、彼女は嬉しそうに頬を緩める。

「何だか昔に戻ったみたいね。
ウチの娘の彩佳《さやか》も一緒だったら、もっといいアドバイスも出来ただろうに、悔しいわ。
巴にも、蓮太郎にも、寂しい思いをさせてしまったわね。」

彩佳は、オレの母の名前だ。

「ばあちゃんが気に病むことはねぇよ。
オレには、巴姉さんも、茜姉さんもいたから寂しくはなかったし。
日本に帰れば、幼なじみも親友も、オレを見守ってくれる大人たちもいて。
こっちには、村西さんも遠藤さんもいる。

少しずつ、自立して支えられてきた分の恩を返す時期に来ている気がするんだ。
それもきっと、メイのおかげかな。」

話しながら、数年前、高熱でふらふらになりながらも電話を掛けてきたメイを思い出す。

あのときは、使命感でいっぱいだった。
オレ以外にメイを看病できる人間はいない、って。

あのときも、祖父母にフルーツの詰め合わせを貰ったりして乗り越えたのだ。
オレも勉強することはたくさんあるのにやけに日本が恋しくなって、余裕がなくなっていた時期だった。
そんなときに風邪を引いているとはいえ、好意を抱いている女の子に会えることになった。

解熱剤が聞いてあどけない笑顔で眠るメイを側で見ていた。
すると、不思議なほど気が楽になった。
とやかく思い悩んでも仕方ないと思えるほどには。
メイにはあの頃から助けられているのだ。

それ以来、多少の困難があっても、メイはオレより頑張っているのだから、へこたれていられないという思いで、いろいろなことに邁進できたのだ。

メイには感謝しかない。

「あら、言うこと言うようになったじゃない。
彩佳の旦那の曹太郎さんがいたら喜んだでしょうに。

あ、曹太郎さんで思い出したわ。

ちょうど、この書斎の棚の一番上に曹太郎さんの書いたノートがあるわ。

それを、読んでほしいのよ。
貴方たちにとって大事なことが書いてあるわ。

お寿司を頼んで、来るまでの間に簡単にだけどざる蕎麦を作るから、出来たら呼ぶわね。」

お祖母ちゃんはそう言い残して、書斎を出て行った。

何だ?大事なことって。

言われた通り、書斎の棚の一番上を見る。
ファイルボックスが几帳面に並んでいる。
その中にノートが一冊、それだけ平置きされていた。
目立つようにこんな置き方がされているのだろう。

そのノートには、クリアファイルに入れられて戸籍謄本が挟まっていた。
さらにノートを開くと、丁寧に預貯金や資産、株式投資の有無、葬儀の希望やPC起動時のパスワードに、祖父母やオレたちへのメッセージなどが書いてあった。

更には、この家の地下の金庫に遺言状がしまってあると書かれていた。

「何だこれ。
いつの間に書いてたのかよ、こんなの。」

姉さんが目ざとく気付く。

「ねぇ蓮太郎、戸籍謄本見てみたのだけれど、私たちにもう1人、弟がいることになってるわ。

名前は、宝月 良太郎《ほうづき りょうたろう》だって。
なになに、良太郎について。
父方の祖父母も亡くなっているため、もう預けられる先がない。
やむなく児童養護施設『賢正学園』に預けることにする。
そこもいずれは、次期後継者の蓮太郎がなんとかしてくれるだろう。」

は?

マジかよ。

やっぱり、跡を継ぐのはオレなのか。
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