ボーダー
救急車を見送った後、村西さんが片手を上げながらこちらにやってきた。

今、若い男の身柄を日本の警察に引き渡したところだそうだ。

小回りがきくほうではなく、FBIの村西さんと遠藤さんが運転して来た車に、皆で乗った。
小回りがきくほうは、病院にいる彼らに万が一の事態が起こったときに急げるように温存しておくらしい。

泣き疲れて眠ってしまった男の子を膝上で寝かせてやりながら、由紀ちゃんに尋ねる。

「何があった?」

もう涙は止まっていた。
事の顛末を話しながら、いつもの調子を少しずつ取り戻したらしい由紀ちゃん。

「私、明日ニューヨークに行くから、そのときの待ち合わせ時間を決めたり、チケットを渡したり、いろいろしようと思ってたの。
いつものように施設に行った。

そしたら、この子がさっきの男に襲われそうになってたの。
おそらく通り魔ね。
『誰でも良いから殺してみたかった』って言うかしら、こういうタイプは。

たまたまゴミ出しから戻ってきた浅川くんがこの子を庇って、脇腹を刺されて。
割と多い出血量だったから、怖くて。
取り乱しちゃったけど。

それから、この子には隠れているように言って救急車を呼んだの。

帳くんが男の死角から体当りして果物ナイフは男の手から遠ざけられた。
それに逆上した男が帳くんを組み敷いて。

そこで皆が来てくれて、助かったわ。

首を絞めるつもりだったでしょうから。」

「なんで助けたんだ?
その子を。
誰かを助けるよりは見捨てるほうだろ、アイツは。」

「優くん、ハロー効果だね。
見た目の第一印象に引っ張られたまま人を判断しちゃダメだよ!
確かにあんな髪の毛茶色でピアスしててチャラいけど、年下の子の面倒見はいいんだから。

特にこの子は、お兄ちゃん、って呼んで浅川くんと帳くんの後ろにいつもくっついてきてたのよ。
帳くんの弟、帳 勇馬《とばり ゆうま》くんとも仲がいいしね。
奈斗くんと同じくらいお兄さんっぽいわ。」

膝の上の男の子を撫でながら言う由紀ちゃん。
雰囲気も相まって、お母さんみたいだ。

「なるほど。
慕ってた子だから、助けずにはいられなくて勝手に身体が動いた、ってやつね。

それにしても、魔法の力、使えなくなってきてるな。
こういう、人のピンチを助けるための力だったはずなんだけど。」

少し憮然とした表情のハナも、由紀ちゃんに負けず劣らず、分析は冷静だ。
さっきの資料にも、そういえば書いてあった気がする。
年下や動物には優しい、って。

「私もよくここに来るから、お姉ちゃん、って言われたりして。
この子たちに、ちょっと心理学を応用した記憶術とか、コミュニケーションの取り方とか教えてあげたりしてたんだけどね。

今日も、それをやるつもりで資料とかたくさん持ってきてたんだけど。」

そこまで言って、由紀ちゃんは自分の周りを探し出す。

そこへ、武田さんがベージュの鞄を由紀ちゃんに差し出した。

「数メートル先の道に落ちていたそうですよ。
村西さまが拾ってくれておりました。」

「ありがとうございます!
そうだった!
浅川くんが心配で、鞄を放り投げて夢中で彼に駆け寄ったんだった!」

ふと浮かんだ疑問。

……もしかして。

「もしかして、って思ってた。
アメリカで話してたときから。

由紀ちゃんさ、少なからず好きでしょ?
異性としてかなり意識はしてるはずだ。
浅川 将輝のこと。」

「……好き、なのかなぁ?
確かに、今どうしてるかとか、ちゃんとご飯食べてるかなとか、次のカウンセリングのときは話せるかな、とか考えてたりはするけど。」

いや、絶対そうだろ。

じゃなかったら、電話口で助けて、死んじゃうよ、なんて取り乱さないと思う。

「カウンセラーさんとかって、人の心の機微に敏感すぎるくらいな分、自分のには疎いの?」

小声で遠藤さんに聞くと、当たらずとも遠からずと言われた。

「帳は大丈夫だ。おそらくな。
問題は浅川だな。
アイツの怪我が直ってから、2人揃ってアメリカでカウンセリングを受けさせる。
こっちよりは断然、あっちのほうがプログラムが豊富だ。」

遠藤さんの言葉に、アメリカは心理学先進国だから、と強く頷くのは由紀ちゃんだ。

ふと、由紀ちゃんが携帯電話を開くと、大量の着信履歴が残っていた。

「うわ……全部、有海からだ……」

……由紀ちゃんの口から、聞いたことのない名前が。
ハナとミツは懐かしそうにしている。
誰?
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