ボーダー
「メイ!」

数日ぶりに聞く、愛しい人の声。

授業は体育なんて出る価値はない、と公欠扱いで早退したらしい。

やっぱり来て良かった。

キツく抱きしめられるのは嬉しいけれど、少し苦しいからやめてほしい。

そう思ったのもつかの間、唇が重なって、彼の舌が侵入してきた。
もっと深く絡められるかと思ったら、そうではなかった。
唇が離れると、彼の額と私の額がコツン、と音を立ててぶつかる。

眉間にシワを寄せて、怪訝そうな顔をした蓮太郎。
私に、この場から動かないように言って、何やらナースステーションの方に向かって早足で歩いて行った彼。

彼はジーンズにインさせたストライプシャツをはためかせながら、体温計を片手に持って戻ってきた。
彼の後ろについてきていた女性医師に、身体がこわばる。

「メイ。
多分熱あるよ。
病人とイチャつく趣味はないからさ?
早く測って?
……熱あるのに無理してた婚約者には、治ったらたっぷりお仕置きしてあげるから、そのつもりでね?」

「こら、患者さん、しんどそうでしょ?
熱上げるようなこと言わないの。」

蓮太郎は、女性医師にぴしゃりと注意されていた。
彼が人に注意される光景はあまり見ない。

でも、こういう医者が、患者からは信頼されるのだろう。

無機質な機械音のあとに、体温計が鳴る。
『37.8』と液晶画面には表示されていて、目を見開いた。
立ちくらみやフラついたのも、熱のせいだったのか。

……こっちに来る前、疲れ果ててソファーで眠ってしまったことがあった。
そのせいか。

「メイ?
疲れてたなら、武田でも、オレの祖父母でも、誰かしらにヘルプ求めればすぐ行ったのに。
メイの悪いクセだよ?
自分で何でも出来ちゃうから、しんどいときも人に頼らないの。

ちょっとは頼って?
しんどい、って一言くれれば、こうなる前に何かしら手を打てたのに。
オレ、何のための婚約者なのか、分かんないじゃん。
どちらにしても、可愛い服着てる婚約者さん抱くのは、今日はオアズケになりそうだね?

彼が頭を撫でてくれたが、いつもより手つきが乱暴で、不機嫌なのだと分かってしまう。

生理終了後は、しんどいときに出来なかったもろもろをやりたくて、つい無理をしてしまうのだ。
機会があれば、彼にもそのことは伝えたいが、何しろまだ恥ずかしい。

「こら。
いつまでもイチャついてないの。
貴方も婚約者さんなら、大事な人の体調が回復するまで待てるわよね?
この子は、私が、先輩医師と一緒に診察して寝かせるわ。

回復するまで待っていることね。」

「行きましょ。歩けるかしら?」

「大丈夫、です。」

女性医師の肩に掴まりながら、廊下を歩く。

蓮太郎の顔を脳内に焼き付けておきたかったが、彼は顔を伏せたまま、ラウンジの椅子に座り込んでしまっていた。

「あんな婚約者さん持って、ちょっと大変じゃない?
あの言動からして、夜、身体保つかしら?
もちろん、貴方のほうがね。」

「それは、私の婚約者に対する侮辱、と捉えていいのかしら?
あの言動だけで彼の全てを判断するには、論証が足りないんじゃないかしら。

第一、ここ数週間はそういう行為はご無沙汰なのだから、それを踏まえて判断してほしいわ。

ちなみに、私への心配とか同情なら結構よ。
しかも、ほぼ初対面でそんなことを臆面もなく言ってくるような人は、私の担当を代わってもらいたいくらいね。」

熱はあるが、頭は回るようだ。
一介の医師相手に、ここまで楯突くことは、普段はもちろんない。
だが、蓮太郎を悪く言われたため、頭にきたのだ。

私に割と強い口調で楯突かれたのが、結構メンタルにきたようだ。
その女性医師は、私を診察室前の椅子に座らせると、診察室の奥に引っ込んでいった。

診察室に呼ばれて、丁寧に診察してもらう。
少し喉が赤いという。
熱が上がったら飲む解熱剤と、喉の腫れを取る薬を処方してもらった。

少し寝ているといいと言われて、隣の部屋のベッドに寝かせてもらう。

私が診察室から出る頃、誰かが怒られているような声が聞こえてきた。
何だか気の毒だった。

隣の部屋に入って、お言葉に甘えてベッドで寝かせてもらう。

蓮太郎の顔が見られたからだろうか。

ピアスを外して、きちんとケースにしまったあと、すんなりと入眠できた。
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