ボーダー
手作りの小さめのおにぎりが2つずつ、控室に置かれていた。

これ、写真撮る前はなかったのに。

『合間に食べてねー!
緊張もするだろうけど、その空気感も楽しんじゃえー!
麻紀』

『長丁場でお腹空くだろうから差し入れ!
今日は式が終わるまで主役だからね!

僕たちも精一杯祝福するよ!
真』

……優しすぎるでしょ、このカップル。

何だかみんなの優しさに涙が出そうだ。

「新郎はあと1分、新婦は3分くらいで入場になるわ。
心の準備はいい?」

ドレスとタキシードに付けたピンマイクから、亜子さんの声がした。
控室のモニターでは、会場の様子が映し出されている。
場が和やかになっているのは、私たちに内緒で作ったムービーでも流されたのだろうか。

挙式のドアが開いて、ベストマンの御劔くんがネイビーのベストと蝶ネクタイ、白いワイシャツを着て堂々とした足取りで歩いている。そのすぐ後を、白いタキシードに身を包んだ蓮太郎が歩いて行く。

緊張しているのか、最初は表情が固かったが、幼なじみが近くにいるからだろうか。
ゲストに顔向けするときは笑顔になっていた。

あんな感じで、笑えるだろうか。

ブライズメイドの面々が、フラワーブーケを両手に持って、堂々と入場してくる。
歩き方が目を引くのはやはり菜々美ちゃんだ。

さすがはモデルだ。

その立ち居振る舞いに、思わず感嘆の声が周囲のゲストからも漏れていた。

その場を明るくさせるとびきりの笑顔で入場してきたのは、ハナちゃん。

彼女に軽く手を引かれる。
その手の温かさから、励ましの気持ちは伝わった。

麻紀ちゃんも、おにぎりに添えたメッセージカードに書いてくれたじゃない。
楽しむんだ。
法廷よりピリピリした、この緊張感を。

勇気を出して1歩を踏み出すと、自然に左足が出た。

バージンロードを姿勢良く、まるでここが法廷のように歩いていた。

蓮太郎の祖母は、何だか照れながら、蓮太郎に私を託して、祭壇まで歩く。

誓いの言葉の後、由紀ちゃんが、おめでとう、とうっすら目に涙を浮かべながら、結婚指輪を渡してくれる。

グローブを回収してくれるのは有海ちゃんだ。

蓮太郎の細く見えるが筋肉質な指に指輪を嵌めるのに少し苦労したが、何とか指輪の交換を終えた。

……誓いのキスだ。
挙式の1週間前に、挙式会場で行うキスは、イレギュラーがない限り、全て軽いのでいこうと打ち合わせてある。

万が一欲情すると、蓮太郎側に不都合があるからだ。

「控室での感じ、思い出して?」

それで合点がいった。

着替える前の私を見送ってくれた彼。
その時のキスを思い出して、あの感じを再現するように唇を重ねる。

パシャパシャと連写するシャッター音すらも、気にならなかった。

結婚証明書は、婚姻届の控をカラーで倍率小さめにスキャンして色紙に貼り付けた。
その周りに、本日ゲストが入場した後の待ち時間に数行の寄せ書きを貰っている。
それに私達が日付とサインを入れる。

これで完成だ。

結婚証明書と、指輪を皆の前で見せて、挙式は終える。

披露宴への会場のエスコートは、菜々美ちゃんと信二くんに任せてある。

急遽、それでも迷った人は、友佳と一成くんが案内することになっている。

披露宴に向けて、少しメイクを直してもらいながら、せっかくなのでおにぎりを1ついただく。
鮭の塩辛さが気合を入れさせてくれて、ありがたかった。

「麻紀ちゃんと真にはお礼言わないとな。

ホントにキスに緊張してるメイが可愛くて、理性飛びそうだった。
オレをどうしたいのかな?可愛い奥さんは。

夜覚悟してね?」

「フラワーシャワーもやってくれたし、もう挙式終わった感覚だけど、披露宴が本チャン、みたいな感じだね。
それも、私らしく乗り切ろう!」

この空き時間に、会場では会見のときに答えられなかった質問に答えていく、私と蓮太郎の動画が流れている。

それは楽しんで貰えただろうか。

「晴れて夫婦になったお二人さん。
ゲストに知ってる人がいれば、だけど。

グラスをフォークで叩くと、新郎新婦はキスしなきゃいけないのよ。

気をつけてね?
場を盛り上げるために、思わぬタイミングで、発動したりするから。」

え、そうなの?

「もうすぐ入場よー!
準備はいい?」

披露宴会場のドアの前でスタンバイしている私の耳に、美しい結婚行進曲が聞こえてきた。
この流れるようなピアノの音色と、数々の弦楽器。
主導しているのは有海ちゃんだろうか。

ドアが開く。
蓮太郎と2人で入場すると、割れんばかりの拍手に包まれた。
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