ボーダー
<ハナside>

私たちは、空港から伊達さんが運転する車に乗り込んだ。

向かう先はもちろん、レンの家。

レンの雰囲気は変わったけど、言動は昔と変わってなくて、安心した。

レンの家に到着。

彼にとっては、3年ぶりの自宅。
家に入ると、クラッカーの音に迎えられた。
その主は、レンのお姉さん。

茜《あかね》さんと、巴《ともえ》さん。

リビングが飾り付けられてて、パーティー会場と化していた。
なのに、主役のレンがいない。
家に入ってすぐ、角を曲がった小さな部屋に入っていった気がする。

……そっか。
レンがアメリカに渡った年の秋、両親が交通事故で亡くなった。
葬儀に行けなかったレンにとって、ここだけが唯一、両親に会える場所なのだ。
レンの帰国祝いパーティーは、すごく楽しいものだった。
送迎要因のはずだった伊達さんがお酒に酔ってしまったため、皆でそのまま、レンの家に泊まることとなった。

ミツと明日香さんは全員分の着替えを取りにエージェントルームに向かった。

その間、
部屋ではレンと二人きりだ。
ベッドに乗るのが腰掛けたまま、お互いに何も話さないまま。

……この空気は、なんか久しぶりで、少しだけ緊張する。

「レン、ホント男っぽくなったよね。
身長盛っても伸びたし。
昔はちっちゃくて華奢だったのに。」

3年前の空港で、レンに優しく抱きしめられたことを思い出しながら言う。

身体が急速に火照るのを感じながら。

身長は、ミツと同じくらいになった。
レンを見るときも、見上げなきゃだ。

声も低い。
今もそうだけど、飲み物を口にすると動く喉仏に、男の色気を感じる。

「ごめんな?ハナ。
嫌な目に遭った心の傷、すぐに癒してやれなくて。
決めてたから。
今度こそ何があっても日本に帰らないって。」

「……大丈夫。」

大丈夫と言ってみたが、あの出来事がフラッシュバックして、再び心の傷がうずく。

「本当に?
大丈夫なようには見えないけど?」

さすが、レンはわかっている。

ふと、身体がベッドに倒された気がした。

視界が暗くなったと思ったら、唇に温かく柔らかい感触。
舌が絡む。

あの感覚は、少し苦手だ。

天井さえもよく見えないということは、電気まで消えているみたいだ。

そして何か重なる体温が心地良い。

気付いたときには、
私の上にレンがいた。

「……オレも、改めてハナの傷癒やさせて?」

聞き慣れない低い声で言われた言葉に戸惑っている間に、再開されたキス。

何だかレンの彼女の気分だった。
そんなわけ、ないのにね。

「いいよね、ハナ。」

きちんと、万が一にも妊娠しないように気をつけてくれている。

優しいなぁ。
あれ以来、初めて男の人と繋がった。

熱さと、出たり入ったりするたびに感じる大きさと硬さ。
何度かそれを感じて、彼の身体から一気に力が抜けた。

1回じゃ満足しなかったのか、何度目かの途中で私は意識を失うように眠ってしまった。

……翌朝。
朝日の眩しさに、思わず目を細めて、ゆっくり寝返りを打つ。

目を開けると、レンのどこか可愛げで、でも綺麗な顔があった。

「おはよう……」

耳元で聞こえた、
寝起きの掠れた声。
やけに色っぽい。
どうにかなりそうだ。

「お、おはよう。」

照れながら返す。

「よく寝てたね?
オレが優しくできなかったから?」

「言わないでよ……」

昨夜、
レンとしたことなんて、彼のさっきの言葉と、
彼と私の香水の匂いがする乱れたシーツ。
それに、タオルケットを押さえながらじゃないと起き上がれない自分の姿。

記憶のある頃から今まで、こんな姿で寝たことなんてない。

「シャワー浴びてくる……ね?」

「あ、あと、このことミツにもちゃんと言ってよ……きゃあ!」

最後まで言い終わらないうちにタオルケットをはがされ、レンの腕に抱かれる。
昨日も思ったが、筋肉質で男らしい、太い腕。
私の倍くらいはある。
そういうところも、男の人らしく成長したのだな、と感じた。

「ち……ちょっと!
レン?」

5分くらい、レンの腕に包まれてそうしていただろうか。

男らしい手は、私の胸に伸びて意地悪をする。
それだけでなく、唇も軽く重なった。

「レン……んぅ……」

「ハナ、ごめん。
ちょっとイライラしてたから、ハナにぶつけちゃった。

シャワー、浴びてきた方がいいよ?
昨夜のことはちゃんとミツに言っておくし。

多分もうすぐ帰って来るだろうから。
着替えなら姉さんに頼んで置いといてもらうようにするから。
ハナは身体温めな?
女の子なんだから、身体冷やしちゃダメだよ。」

そう言って彼は、バスルームの場所を丁寧に教えてくれた。
その後、自分の腕から私を解放した。

足早にタオルケットにくるまりながら、バスルームに向かう。

鏡に自分を映してふと目に付いたのは、
胸元に残る、紅い痕。
……レンが残したんだ。

ミツにバレたら、レン、怒られちゃうのかな?

まあ、大丈夫だろう。

腰や下半身の痛みに耐えながらシャワーを浴び終えて脱衣場に戻る。
そこには一式の着替えがあった。

置いたのはレンのお姉さんだろう。
巾着袋に入れられた、上下揃いの下着まであった。

これがあるってことは……ミツも、もう帰って来てるんだ。

脱衣場を出て、レンの部屋に向かったが、二人ともいなかった。

30分くらい経ってようやく、ミツとレンが部屋に戻って来た。

「遅いよー。
何してたの?
もう、皆は起きてリビングにいるよ。
私たちの高校入学祝いのパーティーやるんだって張り切ってるから、主役の私たちがいないとだよ?」

3人揃って、目が回りそうな螺旋階段をゆっくり降りて、リビングに降りる。

レンの3年前の、レンの一時帰国祝いのパーティーの頃より料理が豪勢な気がするのは私だけかな。

「良かったな。
お前ら3人仲良く同じ高校に入れて。

ただ、レンは特待生で留学生扱い。
2年次の主要な学校行事を終わらせたら、レンは、アメリカの大学に戻るんだろ?
飛び級で向こうだと大学生3年生か、レン。
初めて聞いたときは目が飛び出たぞ。

ということは、仲良く学生生活を送れる期間も限られるわけか。
青い春、満喫しろよ。」

そう言う伊達さんに、
はいって言う私たち3人の声が同時に重なる。

「それにしてもレン、どうやってアメリカにいながら入試受けたの?」

「ん?
高校の先生がアメリカまでわざわざ出向いて面接してくれたの。」

「入学手続きとかはどうしていたんだ?
入学者説明会のときにハナと2人でお前の姿必死になって探したりしたけど居なかったから。」

「ああ。
その関係は、祖母が全部やってくれてたから。」

祝賀会の1日は終わった。
レンがアメリカに戻る前の祝賀会より豪華なもので、祝賀会の日の翌日は体重計に乗るのが怖かったほどだ。

4月になって、入学式の日がやってきた。
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