DOUBLE STEAL ~イシヲモツモノ~


「何だ?私が彼女に何をしたか、訊かないのかね?訊くのが恐い―― か?」

 黙ったままの千聖に続ける。

「安心したまえ。彼女には指一本触れてはいないよ。雨に濡れた服を脱がせた以外はね。あいにく着替えが無くて、そういう状態でいてもらうしかなかったのさ」

 途端に未央がピクリと動いた。

「未央!」

「千……聖……?……千聖!迎えに来てくれたのね?」

 目を開けた未央は、弾かれたように千聖にしがみついた。

「ああ、迎えに来たよ」

「待ってた……私、待ってたの」

「ごめん、遅くなって。恐い思いさせてしまったな」

 髪を撫でた千聖に、首を横に振る。

「でも信じてた。千聖は絶対に助けに来てくれるって、信じてたもん。だから……恐くなんかなかった」

 未央の言葉に微笑むと、千聖は抱き締めていた腕に力を込めて頬ずりした。

「帰ったらデートしよう。未央の好きな『フェニックス』の、クリスマスコンサートのチケットが手に入ったんだ」

「ホント?嬉しい」

「コンサートが終わったら、ベイシティホテルのスカイラウンジで食事して」

「うん」

「それからそこの一番いい部屋で、朝まで過ごそう。パンジーの花を部屋いっぱいに飾って」

「千聖……覚えててくれたんだ。私の好きな花」

 珍しく少し照れくさそうに肯いた千聖の胸に、未央は黙って顔を埋めた。

 少し煙草臭い。

 けれど何故か、気持ちが落ち着いていくのを感じた。

「でも、それにはまずこっちを片付けないと――」

 千聖は未央の肩に掛けた上着をなおして、立ち上がった。

「千聖」

 心配そうに見つめる未央に「大丈夫。心配ないよ」と告げる。

 それからクルリと背を向け、千聖は離れた所で二人を見ていた神部に視線を移した。


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