「懐かしいな」
 三成はまじまじと、与次郎を眺め入っている。与次郎は素直に叩頭している。
「余はそちの命を懸けて村を救わんとする心に、打たれた。これからもその心、義の心を忘れず、庄屋の責務を果たせ」
 与次郎は島を見遣った。
「直答せよ」
「はっ」
 与次郎は生まれてこの方、今ほど感悦したことはない。
「畏れながら。この身は名も無き庄屋ですが、殿の為ならば、この命何時でも差し出しまする」
「そうか」
 三成は馬を降り、与次郎の肩に手を置いた。与次郎の傍らで蹲(うずくま)っている、妻子を見詰めている。
「そちの家族か」
 与次郎は感涙を抑制し、
「はい」
 と応じた。妻のとめと娘のおけいだ。
「そちの命は、その者達の為に使うがよい」
「ははっ」
 与次郎は感泣を押し隠そうと、深々と土下座した。嗚咽は隠れ蓑からはみ出してしまう。
三成は馬上の人となり、黙して去る。

 馬蹄の音響が遠ざかっていく。
(士は己を知る者の為に死す、と言う。併しこれは武家に限った事ではない。治部少輔様)
 与次郎は三成一行の消え行く影を、茫然と見送っている。
(真で御座いますぞ)
「御殿様に声をかけられるなんて、貴方よかったわね」
「父(とと)様凄い」
とめとおけいの無邪気な歓声を尻目に、与次郎は忠義心に目覚めた新たなる自分に、やや戸惑っていたのである。
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