「殿は今何を欲せられましょう」
 善蓬は尋ねた。三成は俯き、
「内府(家康の官位内大臣を指す)の首である」
 と呟いた。
 善蓬は一点を凝視する三成の形相に、
(殿は錯乱しておるのではないか)
 と心配した。話を転じ、
「殿はどこかお悪いのでは」
 とまで言上して、語尾を濁らせている。三成は善蓬の困惑顔に、微笑した。
「左様。腹の具合が悪い」
「では韮粥を御作り致しましょう。夕餉の残り物の粥を使いますが、宜しゅう御座いますか?」
「頼む」
 三成は下腹を摩(さす)り、横臥した。善蓬は庭に韮を摘みに行く。月光に照らされる韮を引き千切りながら、善蓬には韮の一本一本が古橋村村民の首に重なって仕方がなかった。教え子であり、領主であり、檀家総代でもある三成を売れない。
(これも天命か)
 善蓬は悲運に殉じるしかなかった。

「治部少輔様らしき御人が、法華寺に居るらしい」
 との噂を与次郎が小耳に挟んだのは、翌十九日である。与次郎は真偽を確かめるべく、
午後法華寺を訪れた。当初善蓬は白を切っていた。与次郎は善蓬の態度に鑑み、
(これは間違いない)
 と確信し、強硬に三成との面会を求めた。
「治部少輔様は命の恩人や。御助けしたいのです。わしが信じられませぬか」
 与次郎の哀願に善蓬も折れた。善蓬の立会いの許、与次郎は三成と奥の一室で対面したのだった。
 三成が入室するなり、与次郎は平伏した。三成は顔面蒼白で頬がこけ、作務衣を着衣している。月代は剃られ、鼻の下と顎の髭も整えられている。以前と変わらぬ威厳があった。
「与次郎」
 三成は笑みを浮かべている。恐縮する与次郎に善蓬が、
「直答せよ」
 と家臣の如く促した。
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