蒲公英
「バカじゃねぇの」




やっとのことで僕は言葉を見つけた。




「春日がそんなふざけたことする女かよ」




確かに春日が僕を見つめる視線はいつだって優しかった。

だけど未来を見つめる視線はいつだって幸せそうだった。愛に溢れてた。

うらやましかったのはこっちの方だ。

春日は好きでもない男と寄り添いあうような女じゃない。




「春日が好きなのは誰がどう見ても未来だけだろ。信じてやれよ。春日の幸せをお前が壊すな」

「…ごめん」




未来は俯いたまま、きっと少し泣いた。

僕は気づかないふりをして、ただ黙ってワインに口をつける。

急に味のなくなったそいつをなんとか飲み干した頃、多少すっきりしたのか、未来は小さく笑ってみせた。




「あーあ。情けねぇな。あれくらいで動揺しちゃって。湧己に説教されるなんて一生の恥」




いつものノリが顔をだす。

だけど、ちがうと思った。

いつものようにうるせーよ、と返すこともできない。





本当に動揺していたのは僕の方だ。






春日の気持ちを聞いたからじゃない。

もちろん抱きつかれたからでもない。






誰かの口から沙羅の名前を聞いたのは久しぶりだった。






またひとつ、記憶が溢れだす。
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