過去作品集○中編
俺は結局、桜には言わなかった。
と言うか言えなかった。
彼女と別れた理由を……
きっと桜は悲しむ。
自分と同じ立場にあるアイツを想って……
桜が来てから3日が過ぎた頃。
『今日は、お部屋の掃除をしたんだよ? 汚い部屋じゃ赤ちゃん嫌だもんねー』
桜が突然そう言った。
まだ膨らんでもいない小さなお腹を撫でて言ったんだ。
『桜? 今の俺に言った?』
恐る恐る尋ねた俺に、優しい笑顔が向けられる。
『お腹の赤ちゃんに言ったの』
優しそうな、でも寂しそうにも見える笑顔。
俺まで辛くなる。
『馬鹿。 まだ耳が小せぇから聞こえねーよ』
本当は他に言いたい事もあった。
馬鹿な事やめろよって。
情がうつったら堕ろせなくなるだろ?って。
なんて事言えるわけがないけど……
『翔も話しかけてあげてよ。 優しい子になるんだよ』
『あー……もっと大きくなったらね』
もう見ていられなくって、俺は桜から目をそらして自分の部屋のドアを開けた。
《~♪~♪》
その時、携帯が鳴った。
二つの音が重なる。
『あ、私の携帯だ』
『うん、俺のも鳴ってる』
画面を見ると『ユカ』の表示。
彼女からのメールだ。
『翔! コレ!』
メールを開く間もなく、桜が俺に携帯を差し出した。
『ヨシキって?』
『彼氏なの……出るの恐いよ……』
携帯を握る桜の手は、微かに震えていた。
『とりあえず出てみよう』
携帯を突き返して言う。
桜は俺達とは違う。
まだ話し合ってもいない。
桜が産むつもりでいるなら、なおさら話さなきゃ駄目だ。
『うん。 うん』
電話に出た桜は頷くだけで、とても会話が成り立っているとは思えない……が。
しばらくして携帯を閉じた。
『彼氏、何て言ってた?』
『今から会おうって……』
怯えた子犬こような目の桜。
大丈夫なのかと不安になる。
乗り掛かった船で、助けてやらなきゃって気になる。
『俺も一緒に行くよ』
気付いたら、そんな言葉が口をついて出ていた……