エングラム



「うわぁ、うん」

ピアノを十分に歌わせ、指を鍵盤から離しひらひらと振る。

バラードだったが、私のピアノを弾くということに熱を注ぐのは簡単だった。

何弾こう。

頭の中で五線譜たちが溢れんばかりに現れだす。

またショパンの蝶々も良いな。あぁけどこれ弾けるかな。次はワルツも良いかも、ワルツ。

頭の中で独り言を言っていたのに、手はまた勝手に鍵盤の上にあった。

指は私の心を現すように跳ねていた。

弾いていたのは、
モーツァルトのきらきら星変奏曲。

小さい頃これ大好きだったなあ。

星のように、瞬いた、また一音。
流れて落ちる前に、また一音。

サラリと音を光らせて、それを弾き終える。

指を、鍵盤から離し力なく体の横に垂らす。

音楽室の中にあった音が最後、外の声に食われるまで余韻に浸る。

ピアノを止めたのはいつだろう。昨日と言われれば昨日。ずっと前と言うのならずっと前だ

最近というか近々まではオウ兄で頭いっぱいだった気がする。

オウ兄のせいだよ。
まったく、と言って自分で笑う。

変なの、自分。

シイが見たら笑われる、絶対。
想像して口元が緩んだ。



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