エングラム



幾つか楽譜を掘り出し、学校。昼休み。

私は友人も多くない部類なので、音を出して目立ちたくないのだが、一人音楽室にやってきてピアノの前に座った。

黒と白。肌色の手を置く。

目の前に置いた楽譜を見る。

ポン、と適当に音を飛ばす。

あぁ久しぶり。このピアノの透明感。

すっかりベースに夢中で忘れてた。小学生に入る前にピアノを始めて、いつの間にか止めたこと。

久しぶり、本当。

ベースばかり弾いて少し皮の感触が違う指でピアノに指を走らせる。

目の前にある楽譜は、シイに弾くと決めたやつ。

さぁ、とりあえず今は違うものを。
ショパン作曲。

バラード第一番 ト短調。

頭が、指が覚えている。
いつかに止めたピアノの鍵盤で踊ること。

息を吸う。

──始まる物語り。

ドーン、と低いオクターブ。


そう。そうだ。
自分が音に取り込まれる。

指が踊る。音が跳んで繋がる。

この旋律が、私をさらう。

学校だということも忘れて、ペダルを踏んで、指を踊らせ。音にメロディに沈んだ。



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