不思議の国のお伽噺。


「アリス様は、つらいですよね?」



シェルスさんが、有無を言わさない声色で囁く。



「ですよね?

自分のご友人が、










自分の記憶を取り戻すという自己満足で傷つくことになるのですから」





「!!」









一番、言われたくない言葉だった。



今まで、誰かに褒められたくて、記憶を取り戻していたわけではない。
だって、記憶を取り戻せば辛くなる。辛いということは苦しいということ。

逃げることは、簡単。

でも、それでも私は、記憶を取り戻したかった。辛くても苦しくても、私には、その道にしか進むことができないと思ったから。チェシャ猫が支えてくれていたし、私はそれ相応の覚悟を決めていたつもりだ。



だって、それぐらいの覚悟がなければここまでこれなかった。

来れるはずがなかった。


生半可な気持ちで、こんな命のやり取りを見届ける…そんなの私にはできないから。






もちろん、辛いことはたくさんあった。

記憶がなくて、初めから皆に大きな迷惑をかけてしまっていた。友達の顔と記憶なんて一致していない、むしろその人が敵か味方か、友達かさえもわからない自分。そんな私を、受け入れてくれたみんなの優しさが嬉しかった。

…でも、どんなに優しくても、初めて会ったときや、ところどころ一瞬が、皆泣きそうな顔をしていた。





今になってみて分かる。


私にとって今までの人達はとても大きな存在。

てことは、相手も私のことをきっと同じくらい大切に思ってくれていたはず。




なのに、私はあの頃、何も覚えていなかった。

きっと、わたしを大切に思ってくれていた人皆が。


深く、深く傷ついた。




だから。


私は、みんなの悲しげな一瞬を見たくなくて、記憶の旅を続けていた。記憶を思い出せば、みんな笑ってくれるから。
みんなの優しさに、一瞬でも長く、多く触れられるから。











その代償が、一番傷つけたくない相手の涙だったとしても。











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