ゆゆし
都はヘッドフォンを取り出した。例えそこが図書館であろうと、音楽を聴きながら本を読むのは都の癖だった。
聴くのはだいたい静かなクラシックで、音洩れなどもないので、回りの人にも注意されたことはない。
無音ほど騒々しいものはない、
というのが都の言い分で、特に図書館だと鉛筆を落としたりノートをめくったりするときの微妙な音が気になりうまく本に集中することができないのだ。


選んできた本の中から一冊を開いた。最近よく読むようになったフランスの作家だ。小説の内容はミステリーなのだが、話の内容よりむしろ場面場面の情景描写が鮮やかで美しいことに定評のある、少し変わった作家だった。
丁度流れてきたのがサティの「ジムノペティ第一番」で、そう言えばこの人もフランス人だった、と都は気付いた。夏の静かな別荘が舞台の、この小説にぴったりの曲だと思った。
そのとき、


「ねえ、そこの人」


ふいに音楽に混じって背中の方人の声が聞こえた。男の声。


「・・・ねえ、聞こえてる?」


私のことか。そう思って都は振り向いたが、
その表情は固まった。


「・・・え」
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