傷恋(キズコイ)

過去!?現在!?

彼女が出ていった部屋は妙に殺風景に感じられた。

たくさんの本と資料が雑然と置かれていて、別段、普段と変わらない。

カラーの写真が突然モノクロに変わったような錯覚に囚われて、さっきまで彼女といたソファーに身体を沈めると微かな香りが鼻を掠めた。

自分の香水かと思ったが、それにしては甘い香りが混ざっている。

僕と同じ香水を使っているようだが、彼女が使うとこんな柔らかい香りになるのか。

天井を仰いで目を閉じると、彼女の悲しげで苦しそうな顔が浮かんだ。

あんな顔をしてまで僕に付き合う事ないのに。

さっさと逃げ出せば楽なのに。

そうせず、こんな僕に『好きだ』と口にした彼女はどこまで強いんだろう。

昔の想いに縛られて人を傷つける自分がすごくちっぽけに思えた。

彼女の控えめな批判にも、今さら僕が神崎さんにした行為は無かった事に出来ない。

彼女のせいで弱気になっていく心を奮い立たせるように彩の事を考えたが、彼女の顔が彩の顔にかぶさって、彩がどんな顔をしていたのかあやふやになる。

だんだんと薄れていく彩の記憶に自己嫌悪に陥った僕は無意識に舌打ちをした。
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