ひめがたり~いばら姫に真紅の薔薇を~


「……道化師が芹霞に手を出さない"絶対的な理由"があると言ったはずだ」


「何だよ、その理由ってのは」


「お前の"逃げ" が、あいつにはできん」


「逃げ?」


「その点、お前はまだマシだということだ」


俺はさっぱり意味が判らなくて、眉間に皺を寄せた。


「納得出来ぬか。芹霞の処女が失われたら、私は大人しくお前に殺されてやる。これでどうだ?」


「あ!!!? は!!!? しょ…しょしょ…」


「何だ、滑舌が悪いな。"しょじょ"。意味が判らないか? 処女というのは…」


「判ってるよ!!! 具体的に言うなよ、んなもんは!!!」


顔から…火が出そうだ。


「判っているのなら…話は通じているな? 芹霞に"万が一"があれば、私はお前に殺されてやると言っているのだ。

積年の恨みが晴らせる。どうだ、嬉しかろう?」



――如月煌と名づけよう。



「嬉しいわけねえだろうが。

んなことくらい、緋狭姉は判ってるだろ。

何1つ、俺にとっちゃ嬉しいことなんかねえよ!!!」



突然緋狭姉は笑い出す。



「飽きないのう、馬鹿犬は」


「またからかったのかよ」


「いいや。先刻の言葉は真実だ」




"私を信じよ"




また俺の心を読む緋狭姉は、

こんなに人をなめきった姿と性格だというのに、


――お前を助けてやろうか?


8年前のあの時と、同じ目をしていて。


迷いない、凛とした…真っ直ぐな眼差し。


その目だけは信じられる。



だから俺は――



「あんたは信じるよ、紅皇」



そう言わざるをえないじゃねえか。



芹霞に何もないことを、

ただ祈るしか出来ねえじゃねえか。


俺には神なんか信じねえ。


だとしたら。


紅皇に祈るしか…出来ねえじゃねえか。


どうかどうか、芹霞に何もありませんように。

嫌な予感が消えてくれますように。


元気な姿で連れ戻せますように。



――…と。

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